第10話 魔物間の告白

 神妙な空気を醸し出しながら口を開いた俺に、四匹が揃って首を傾げた。この反応を予想はしていたが、いざされると緊張が襲ってくる。

 ロヴィーがその瞳を大きく見開きながら、俺に声をかけてきた。


「クルッ? ククク……(どうしたんだい? 改まって……)」

「キュ、キュー、キャウウ、キュキュ?(ブラームとロヴィーは、俺たち新入りの使い魔について、どのくらいの話を聞いている?)」


 そちらに視線を返しながら、逆に質問を投げ返す俺だ。質問に質問で返すな、と誰かに怒られそうだが、今は話の順序の方が大事だ。

 俺に声をかけられたブラームとロヴィーが高いに顔を見合わせると、二匹ともが揃って眉間にしわを寄せた。


「ニー……ナーン、ニャ、ニャニャニャ、ナウー(どのくらい……って、言ってもなぁ。母さんは、『家族が一人増えるよ』としか、言っていなかった気がするが)」

「クッ、クルルル、ピッピピピ、ピチチ。ピピピッ、ピチ、クルルル……

 (でも、レオンさんとクロエさんとハーヴェイさんのところにも、家族が増えたって話は、していなかったっけ。だから人手が増えて楽になるよって、言っていた気がする)」


 その返答に、俺は小さく俯いて足元を見る。

 聞く限りでは、そこまで深いところまで踏み込んだ話はしていないようだ。もしかしたら先日のディーデリックの訓辞が成された場に、この二匹はいなかったのかもしれない。

 ならば、と俺は顔を上げた。そのまま左前脚を持ち上げて、地面をこする。土の上に「41」と書いて、そこにとんと足を置いた。


「キャウ……クキュ。クキュキュ、キュー。キャウキュ、キャウキャウ……クキュ、キュキャウ(そのくらいか……分かった。実は、そんな程度の話じゃないんだ。『薄明の旅団』のおよそ半分……四十一人に、使い魔が一匹ずつ増えている)」

「キュッ!?(四十一人!?)」

「ガルッ!?(そんなにか!?)」


 俺の発言に、ブラームとロヴィーが目を見開いて息を呑む。と同時に、アントンとラエルが驚きの声を上げた。思わずそちらを向くと、二匹も驚愕きょうがくの表情を顔に貼り付けている。

 どうやら、そこまで大規模に召喚され、大規模な契約が行われたことは、使い魔までは知らされてはいないらしい。訓辞が出た時も召喚事故の詳細は隠されていたから、そんなものかもしれないが。

 俺が前脚でささっと地面に書いた文字を消す間に、ブラームがため息をつきながら発した声が耳に届いてくる。


「ニャー……ニャニャ、ンー、ンニャウ(はー、道理で……だから食事の時、あんなにも食堂が狭く感じたわけだ)」

「クル、クックー? クルルル、ピピッ、ピチチ……(でも、だとしたらなんでだろう? いくら何でも急にいっぺんに増え過ぎだし、魔物化した罪人を受け入れたにしたって、規模が……)」


 そのブラームの隣でロヴィーが不思議そうに羽を膨らませた。

 確かに、傍から見たら不思議なことこの上ないだろう。いきなり、今まで使い魔のいなかった無席次の者にも行き渡るくらいに、使い魔に出来る魔物が出現したのである。それも四十一匹。

 不思議そうに顔を見合わせる二匹だったが、その隣、アントンは俺の方に視線を向けて、不思議そうな顔をしていた。


「ガゥ、グルルル、グガゥガゥ?(ニル、お前、俺達と同じ新入りのはずなのに、なんでそこまで知っている?)」


 なんとも納得がいかない表情のアントン。俺はそんな彼に向って、後ろ足で立ち上がって肩を竦めながら返した。


「キュアウ。キュッキュ、キュアウ。キュ、クキュッキュッ、キュアッキュ

 (調べたからだよ。既に一桁台の席次持ちの何人かにも、レオンを通して接触して、情報を共有している。先日に元第五席のクンラートが起こした召喚事故についても、同様にな)」


 俺が「召喚事故」のワードを持ち出した瞬間、その場にいる四匹の目が揃って見開かれた。ブラームが納得のいかない表情で、俺にぐっと顔を寄せてくる。


「ウニャ? ニャ、ニャウニャ、ナウー?(クンラート様の起こした召喚事故? それがどう関係しているんだ?)」

「……ピッ、ピチチ、ピピ……(……いや、ブラーム、ニルも、待ってほしい……まさかと思うが、いや、にわかには信じがたいが……)」

「ニャー?(ロヴィー?)」


 俺に問いを投げるブラームの横で、ロヴィーがぶつぶつと小さく囀っている。何かを考えている様子の彼に、ブラームが首を回して目を向ける。

 と、下を向いたままで、ロヴィーがゆっくり嘴を開いた。


「クルル、クククッ、ピチ、ピピピ……クク、ピピッ、ピピピ、チチチピピ?

 (クンラート様が発生させた事故で召喚されたのが、アントンたち四十一匹だとすれば……そのアントンたちが召喚時に人間だった・・・・・・・・・とすれば、クンラート様が斬首延命刑に処された理由に、説明がつかないか?)」

「ニャッ!?(なっ!?)」


 その発言に、ブラームの小さな顎がかくんと落ちた。とてもじゃないが信じられないと言いたげな彼の横で、ラエルも口をぽかんと開いている。

 真剣な表情で頷く俺に、アントンがぐっと詰め寄ってきた。大きな身体が俺の傍に寄せられて、威圧感がすごい。


「ガウッ、ガウガウ? グルル、グァウウ、グガウッ?(おいニル、じゃあ何か? 俺もお前もラエルも、元は人間だったとか、そういうことを言いたいわけか?)」

「キュキュ。キュッ、キュー、クキュキュ、キュッ(そういうことだ。もっと言えばあっちで皆と一緒に働いているフェリスだって、元は人間で、俺たちの友人だった)」


 威圧的に言葉を発するアントンにひるむことなく、俺は言葉を返す。

 ついと視線を逸らして牧場の方を見ると、そこではフェリスが人間たちや使い魔たちと一緒になって、変わらずに働いていた。彼はまだ、自分がもとは人間だったことは、知らないのだろう。

 ばさり、と翼を動かしながら、ロヴィーが俺に同調するように言葉を発する。


「ピピピ……ピッ、チチチピピ、ピ、チチチ……ピッピルル、ピルルル、チチチ

 (なるほど……一度に四十一人もの人間を、異世界から召喚してしまったとしたら、第五席という高い席次にいらっしゃったクンラート様が、即座に除籍の上、斬首延命されるのも、納得がいく)」

「キュ。キュー、クルル、キュイ。キュキュ、クッキュキュ、キューキュキュ

 (そう。俺達はヴァグヤバンダとは別の世界から、まとめて召喚されてきた。そうして魔物化と人格の封印、または上書きを施されて、無理やりにこの旅団のメンバーの使い魔にされたわけだ)」


 いよいよ話の核心をぶちまけた俺に、四匹は揃って口を噤んだ。

 受け入れるのに時間がかかるのもしょうがないだろうとは思う。何しろ話の規模が大きすぎるし、内容も突飛すぎる。いくらこの世界で、人間が魔物に変えられることはよくある話だとしても、だ。

 異世界からの人間の大量召喚。その魔物化と、使い魔契約。

 自分の主人たちが何を思ってそれを行い、そうして使い魔を増やすに至ったのか。

 それはきっと、知らない方が幸せでいられるであろう情報だ。

 しばらく、沈黙が俺達の間に流れたところで。ラエルがポツリと、言葉を発した。


「キュウ、クキュ? キュキュ、クルル、キュ?(でも、だとしたらおかしくないですか? どうしてニルは、そこまで知っているんですか?)」

「ピピッ、ピチッチチ。ピピピ、ピルルル……ピピ、チチチ。ピッピピ、チチチ?

 (さっきのやり取りだってそうだ。この世界の魔物として常識的に知っていること……魔物の人格が働いているなら当然知っていることを、君は知らなかったね。

 本当に、君の人間だった頃の人格は封じられているのかい?)」


 ラエルにこくりと頷いて、ロヴィーが俺の方にその赤い瞳を向けてくる。

 それに小さくため息をつく俺だ。さっきも突っ込まれたが、どうせ遅かれ早かれ深く突っ込まれるだろうことは分かっていた話だ。

 口元に皮肉な笑みを浮かべながら、俺は吐き捨てるように言う。


「キュッキュ。キャウウ……キュ、キュッキュッキュ。キュクク、クッキュ、クキュウ、キュッキュ。キュウクキュウキュウ、キューキュッ

 (単純な話さ。封印されていない……効かなかったんだよ、人格封印魔法も、上書きする魔法も。ジジイに肉体喪失魔法とやらをかけられて、自分の肉体こそ無くしちまったけど、俺の人格も、記憶も、変わらず人間だった頃のままだ。レオンとの使い魔契約も、ちゃんとは結んでいない)」


 諦めと共に吐き出された俺の言葉に、四匹は言葉もない様子だった。肩を落として、口を小さく開いている。感心してか呆れてか、ロヴィーが小さく呟いた。


「ピピ……ピィ(それは……すごいな)」

「キュ、キュウキュ。クキュッキュ(俺だって、なんで魔法が効かなかったのか信じられない。魔物化はかけられたのにな)」


 彼の方に視線を投げてまた肩を竦めながら、俺は言う。

 実際、自分でもなんで人格を封印もされず、上書きもされずに済んでいるのか、分からないのだ。分からない以上、説明も出来ない。

 そこで一度話を区切って、俺は前脚を組みながらアントンとラエルに視線を向けた。


「キュ、キュアウ。キャウキュ、キュキュ、キューッキュウ。キューキュ、キュウ、クキュキュ、キャウキャウ、キュウ

 (とまあ、そういうことだ。俺達は異世界から召喚された元人間で、仲間だった。アントンもラエルも、人間の人格が封じられているか、消されているかした上に新しい人格が乗っかっているから、実感とか、ないだろうけどな)」


 俺の言葉に、ラエルもアントンも、僅かに目が細められる。

 予想はしていたが、信じられないという様子だ。人間だった頃の人格がどうなっているにせよ、彼らの中では自分たちは生まれついて魔物、当然の反応と言える。

 だが、実情がどうあれ、彼らは主人が穏健派のカトーと、その部下。味方側だと分かっている人間に情報を伝えるには、使い魔である彼らにも情報を伝えないとならないのだ。

 俺がまっすぐに二匹を見ていると、それぞれ、口から零すように言葉を吐き出し始める。


「キュア……キュキュ、キャウ、クキュウ……(そんな……そんなことが、私達に、起こっていたなんて……)」

「グル……ガウガウウ。グゥ、グルル、グォォン?(だが、ニル……事情は分かった。それを話して、お前は一体、何をしようとしているんだ?)」


 未だ自分の中で落とし込めていない様子のアントンが、俺を見ながら鼻を鳴らす。

 その反応に、俺は前脚を再び地面に付けた。話しながら地面に、一本ずつ線を引いていく。


「キュキュ、クキュウ。

 キュ、クキュクキュ、キャウキュウ、クキュッキュ。キュキュ、クルルル、キュキャウ、キャウキャウ、クキュッ。

 (目的は二つある。

 一つは、魔物にされた俺の仲間達に、可能な限り人間だった頃の人格を取り戻してもらうこと。もう一つは、いざ旅団の皆が俺達のいた世界に行く・・・・・・・・・・ことになった時、戻った先の世界で自由を得ることだ)」


 俺の、初めて明らかにした目的と、展望。

 四匹が地面に目を落としながら目を見開く中で、俺は言葉を続けていく。


「キュア、クキュウキュ、キュウ。キュッキュ、キャウキャウ、キュキュ。

 キュキュ、クルルキュ、キュウキュ。キャウキュ、キュキャウキャウ、キャウキャウ。

 (全員、なんて無茶は言わないし、無理だって分かってる。人間に戻りたいなんてのが無理なのも知ってる。

 それでも俺は、俺の仲間達が、魔物として故郷を荒らし回るなんて未来は、可能な限り避けたい。人間に戻れなくても、せめて生まれ故郷にヒトとして・・・・・戻りたいし、そう思う仲間がいるなら、手助けをしたい)」


 俺が吐き出す、俺が望む未来。俺が求める未来。

 それを四匹は、背筋を正して静かに聞いていた。

 正直、これでも少し妥協はしている。人間に戻れれば一番いいし、使い魔契約を解除してもらえれば理想的だ。でもそれが難しいであろうことは、カスペルとの話でもよく分かっている。


「キュ……(ニル……)」

「クク……クルル、ピピッ(そうか……よく、分かったよ)」


 何となくしんみりとした声で呟くラエル。納得したような様子を見せて頷くロヴィー。ブラームとアントンは、何と言えばいいのか考えあぐねているようだ。

 他の面々がこれと言って何も言ってこないのを確認して、ちらりとロヴィーに視線を向けると、彼は他の三匹と、そして俺に広げた翼の先を向け、ぐるりと動かした。


「ピピッ、ピルルル、クルルル。ピッピピピ、チチチ、チチピッ。

 ピピピ、チチピピピ、ピルルピ。ピピ、チチチチ、ピーッピピピ?

 (ニルが今話した内容は、僕とブラームから母さんに話をしておく。アントンの契約と、人間だった頃の人格がどうなっているかは、母さんにしか分からないからね。

 出来ればニルも、レオンさんに僕達に話したことは伝えておいてほしい。ラエルも、ハーヴェイさんに話をしておいてくれるかい?)」


 ロヴィーの言葉にこくりと頷く俺だ。俺としても、レオンにこういう話し合いが行われたことは、話さないとならない。

 ラエルもゆっくり、しかしはっきりと、頭を前後させた。


「……クキュ(……分かりました)」

「キャウ……キュ、キュアウ、キャウキュウ?(よろしく頼む……あと、フェリスには、どう伝えよう?)」

「ニャー、ニャニャ、ウニャウニャ? ニャウニャウ、ニャ(母さんからクロエちゃんに伝えてもらえばいいんじゃないか? 俺達が直接言うよりいいだろ)」


 頷くラエルから遠くで未だ働いているフェリスに視線を移す俺の後頭部に、ブラームの声がかかる。

 その言葉に納得して、フェリスの方をじっと見ていた俺は、アントンが思いつめた表情のままでずっと黙りこくっていることに、ついぞ気付くことはなかった。

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