第11話 無席次の会合

 レオン達が農場と牧場での仕事を終え、夕食を終えて、ようやく自由な時間が取れるようになった頃。

 レオンの個室に、カトーの下で働く無席次の面々が、一堂に会していた。

 すなわち、クロエ・レヴィット、ハーヴェイ・ウェズリー、ヴィルマ・ファン・クリーケンの三人と、レオン。そしてその使い魔一同である。

 合計四人と、三匹。と言ってもクロエの使い魔であるフェリスは人間大の体格を持つアースタイガーだから、人間一人分以上の幅を取る。ワンルームなレオンの部屋では、人口密度が高くなってしょうがない。

 三人に二匹も呼ぶんだから、どこか広さのある部屋を使えばいいのでは、と先んじてレオンに言ったのだが、無席次のメンバーが自由に使えて、広さがあり、かつ集まっていることをとがめられない部屋は無いらしい。各々の自室くらいしか、プライベートが確保できないんだそうだ。

 だから俺とラエルは揃ってそれぞれの主人の膝の上で抱かれ、フェリスはクロエに背中に乗られているのだった。

 先日の召喚事故で使い魔を得られなかったヴィルマが、鱗に覆われた細長い尻尾でピシピシと床を叩いた。


「もう、そうしているのを見ると羨ましくなってしょうがないや。私もニルやラエルみたいな可愛い使い魔、欲しかったのに」


 羨むヴィルマの軽い言葉に、他の三人も苦笑を隠さない。なにしろ、無席次の者にも巡ってきた、数少ない自分の使い魔を手に入れるチャンスを逃してしまったのだ。悔しがるのも当然と言えるだろう。

 レオンが、俺の背中を撫でながら真顔で口を開く。


「ニルは見た目こそ愛らしいが、中身は全然可愛くないぞ」

『おいレオン、お前散々俺の世話になっていて、そんな言い方するのかよ』


 あんまりな言い草に、俺はむっとしながらレオンの顔を見上げつつ思念を飛ばした。

 既にここにいる者全員で、複数人版の念話は繋いでいる。使い魔の三匹も思念を飛ばせば会話に参加できるが、主人組はもっぱら普通に言葉を交わしていた。

 つまり、俺の文句もこの場にいる全員に伝わっているわけで。レオンと同じようにラエルを膝に乗せて、その顎を掻いているハーヴェイが口角を持ち上げた。


「なんだレオン、君はそんなにニルに働いてもらってるのか?」

『でも、ご主人様。今日私がニルから聞いた話を思えば、そう言いたくなるのも分かる気がしませんか』


 気持ちよさそうに喉をくるくると鳴らしながら、ラエルが思念を飛ばす。その言葉に、主人であるハーヴェイがこくりと頷いた。


「まあ、その通りだ。レオン一人じゃ確実に、こんなスムーズに情報を集めて整理することなどできなかっただろう……ニルが主導権を握っているなら納得できる」

「うぐっ」


 ハーヴェイの容赦のない発言に、レオンが呻き声を上げた。この旅団の中で、一体レオン・トラースという男はどこまでポンコツ扱いされていたのだろう。そんな男が主人になる俺、不幸なのかどうなのか。

 レオンが言葉に詰まったところで、フェリスの上に乗っかったクロエがひらりと手を動かした。その視線が向くのは、当然のように俺だ。


「それじゃ、その可愛げのない、だけど仕事の出来るニルに、今日アタシ達をここに集めた理由を説明してもらいましょうか。

 カトーさんから『夕食後にフェリスのことで話がある』って聞いたからカトーさんから話があるかと思えば、話をするのがアンタ達だって言うんだもの」


 大きな瞳をこちらに向けながら、挑発的に言ってくるクロエ。

 その視線を真正面から受け止めて、小さく頷いた俺は全員へと思念を飛ばした。


『ああ、もちろんだ。その為にこうして皆に集まってもらったわけだし。ただ、その前に俺から一つ、皆に言っておきたいことがある』


 そう告げて、一度言葉を区切ってから、俺はクロエ、ハーヴェイ、ヴィルマのそれぞれの顔を見回した。


『俺はこれから、三日前にクンラートが引き起こした召喚事故に、この場にいる全員が居合わせていたつもりで話す。

 もし知らないことがあったら、その都度つどそれは知らない、と発言してくれ。説明する……俺とレオンは、最後まであの場にいたからな』


 俺の言葉に、レオンも無言でこくりと頷いた。

 俺とディーデリック、レオン以外の面々は、契約が完了した後そそくさと地下室から出て行ってしまった。だから話を聞いていない部分があってもおかしくはない。だが、召喚事故が行われたあの場に、いたことは概ね間違いないはずだ。

 三人が、口をキュッと結んで頷いたのを確認し、俺は話を切り出した。


『よし、まずここに集めた理由から単刀直入に話す。

 この旅団のトップであるディーデリックが、俺達の元いた世界――便宜上べんぎじょう、俺達の世界と言うが、そこへの行き方を見つけた際、俺達の世界で略奪、征服を行うのを止めたい。

 それに協力してもらうために、こうして皆に集まってもらった』


 単刀直入に、一切の遠慮もなく、俺は深いところに切り込んだ。

 ディーデリックの野望は、旅団の上層部である席次持ちでも、一部の人間しか知らない、とカスペルが語っていたことを思い出す。席次持ちに対してもそうなのだから、無席次の者に対しては昨日の訓辞のような、耳に聞こえのいいことばかりを話していたに違いがない。

 実際、俺が言葉を区切ると、ハーヴェイとクロエが信じられないという表情で口を開いた。


「ニル達の元いた世界……」

「昨夜の訓辞の時に、話していた世界ね……そこで、ディーデリック老が、略奪や征服に乗り出す、って?」


 俺の告げた言葉に、顔を見合わせる三人。互いが互いに視線を交錯させると、不審そうな表情をしてヴィルマが俺の方へと、僅かに身を乗り出してきた。


「いくら、食糧問題を解決するのが目的だからって、ディーデリック老がそこまでするって、どうして確証を持って言えるの?」


 ヴィルマの視線を追うようにして、クロエとハーヴェイも俺を見た。俺の答えを待っているかのような目で見つめてくる。

 ヴィルマの疑問は至極尤もだ。ここで説得力のある答えを出来なくては、真面目に話を聞いてもらおうなんてどだい無理な話。だから俺も、言葉を選びながら思念を頭に浮かべていく。


『理由は二つある。

 一つは、第六席のカスペルからの情報提供があった。この、ディーデリックの野望についても、彼からのタレコミがあったから知ったことだ。

 もう一つ、ディーデリックの側近が強硬派、ないしは略奪を是とする連中で固められていること。特に昨日、第五席の後釜がボールドウィンになったことが決め手になったな』


 俺の答えに、ヴィルマが小さく息を呑んだ。

 その反応に内心でほくそ笑みながら、俺は畳みかけるように俺の考えをつらつらと述べていく。


『自分の周辺を強硬派の連中で固めるジジイのことだ。自分の部下が俺達の世界の食料を根こそぎ奪っても、平気な顔をしているだろう。

 そうしたら、デ・フェール王国が、あるいは『薄明の旅団』だけが食うに困らなくなっても、俺達の世界が逆に飢える。加えて、国内外の他の旅団や国が、俺達の世界に目をつけて我先にと群がってくる可能性だってある。

 折角俺達が元の世界に帰っても、俺達の世界が食うに困る世界になったら意味がない。穏健派の連中が目指すように、余っている分を分け合えたら――』


 いいとは思うが、と続けようとしたところで、急にクロエがフェリスの背から立ち上がった。俺を怒りをはらんだ目つきで見下ろしながら、拳をぎゅっと握りしめて震わせている。


「ちょっと待って、じゃあ何? ニルはアタシ達が飢えることより、いつ帰れるかも分からない自分の故郷の方が大事だって、そう言いたいわけ?」

『落ち着けよクロエ、ニルはそんなこと一言も言っていない』


 噛みついてくるクロエを押さえようと、フェリスも立ち上がって床を踏んだ。アースタイガーの茶色の毛皮がそっとクロエの脚を包むのを見ながら、俺もクロエの瞳を見つめ返す。


『俺だって、予期しない形とはいえヴァグヤバンダに来て、皆の仲間になった身なんだ。帰れるようになったからほったらかし、皆が飢えようが知らない、なんて事、出来るわけない。

 俺は、両方の世界が、両方とも飢えずに存続できる道があるなら、それをりたいってだけだ。俺達の世界にはアーテジアン平地みたいな荒れ地もあるし、そこで育つ植物もある。それがこっちの世界でも育って、食料になるなら、いいことだろ』


 淡々と話す俺の言葉に、クロエも怒りが落ち着いて来たらしい。ぐっと握りしめた拳を開いて、静かにその場に座り込んだ。さっきまで彼女の椅子になっていたフェリスが、今度は彼女に寄り添って背もたれになる。


「そう……そうね、ごめん」

『いいよ。話を続けてもいいか?』


 短く謝るクロエに声をかけると、彼女は目を伏せたままだが小さく頷いた。

 それを見てふっと笑みを零した俺は、次いでクロエの後方に寝そべるフェリスと、ハーヴェイの膝の上で大人しくしているラエルに視線を向ける。


『で、もう一つ、皆に協力してほしいことがある。

 それはラエルやフェリス……召喚事故で召喚され、魔物化の後に皆の使い魔になった、俺の友人達のことだ』


 ラエルを、フェリスをそれぞれ見ながら、俺はもう一つ、大事な目的を話し始めた。

 ディーデリックの野望を阻止したとしても、俺達が旅団員の使い魔のまま、魔物の人格のままでは万々歳とは言えない。使い魔のままでいることは一部しょうがないとしたって、人間の人格と記憶を取り戻さなくては、俺達は救われないままだ。

 しかし、救われようとする側の使い魔としては、突拍子のない話を聞かされているに過ぎない。ラエルには昼間に直接話したし、フェリスにも事前にカトー経由でクロエに伝え、話してもらっているが、やっぱりどこか腑に落ちない様子だった。


『俺が、かつては人間で、ニルやラエルと顔なじみだった……クロエからさっき、そんな話を聞いたが、事実なのか?』

『事実だ。それに俺もようやく、二人が人間だった時に誰だったか、思い出した』


 レオンの膝の上からぴょんと飛び降りて、俺はそれぞれの前まで歩いていきつつ、話していった。言い聞かせるように、しかし努めて事務的に。


『ラエルが出席番号4番、遠藤えんどう茉莉まつり

 フェリスが出席番号10番、辛島からしま祥太しょうた

 俺達は同じ学校の、同じクラスに所属し、共に学び合う友人で、仲間だった……まぁ、少し誇張こちょうした言い方なのは否定しないけどな。人間だった頃、俺は二人とそんなに親しかったわけじゃないし』


 遠藤さんと辛島君は、クラスの中では俺と大して接点があるわけではなかった。

 読書家の遠藤さんは引っ込み思案というか、あまり男子と積極的に交流するような子ではなかったし、サッカー部の辛島君は部活で忙しく、俺と話す機会もそうなかったからだ。

 だから、二人からしたら俺は単なるクラスメイトの一人で、特に特徴的ではない、「あーそう言えばそんな奴もいたな」くらいの扱いをされていても、全く文句を言える状況ではない。


『だから、俺が人間だった頃の名前……出席番号25番、韮野泰生だったということを聞いても、ピンと来なくても俺は文句を言わない。

 だが、俺の……ニラノという名前に少しでも聞き覚えがあるなら、何か引っかかりがあるなら。それを伝えてほしい』


 だから俺は、先んじて俺の名前を提示した。

 誘導尋問のような形になって申し訳がない気がするが、俺の名前を言ってもらうことが封印解除のキーの一つだというなら、口に出して言ってもらわないとならない。

 しかして二匹は俺の名前を、俺の言葉を繰り返すように反芻していた。


『ニラノ?』

『ニラノ……』


 二匹ともが小さく目を伏せて呟く様子に、ハーヴェイがしびれを切らしたようで俺に言葉をかけてきた。膝の上のラエルを抱き上げながら、小さく腰を浮かせる。


「おいニル、そんな思わせぶりなことを言って、一体二匹に何をさせようというんだい?」


 俺がハーヴェイに言葉を返すより早く、彼を抑えたのはレオンだ。今まで俺に任せてずっと静かにしていたが、ここに来て仕事をし始める気になったらしい。


「焦るなハーヴェイ、どうやらニルの人間だった頃の名前を伝えることが、彼らの人間だった頃の記憶を呼び起こすのに重要らしい」


 レオンの発言に、ハーヴェイが腰をわずかに浮かせた姿勢のまま静止した。驚愕に目を見開いて、開いた口が塞がらない様子だ。


「人間だった頃の記憶を、呼び覚ます、だと? 馬鹿な、そんなことが」

「待って、ハーヴェイ。ラエルとフェリスの様子を見て」


 ハーヴェイの言葉を遮ったのは一歩引いた位置から話を聞いていたヴィルマだ。真剣な表情で、ぶつぶつと鳴くラエルとフェリスを見つめている。

 二匹は、俯いたままで混乱を露わにしていた。目を開き、瞳孔を小さく震わせながら、放心状態で口を動かしている。


『エンドウ……あれ、私はラエル……あれ?』

『カラシマ……何故だ、記憶にないはずなのに、ひどく懐かしい……』


 それぞれ、パクパクと口を動かし、鳴き声を漏らし、思考を巡らせて引っかかりを覚えている様子だ。

 これは二匹とも、人格を消されてはいない。二匹の中に、人間だった頃の人格は、確実に残っている。確証を持った俺は二匹の主人に目を向けた。


『……その様子で把握はあくした。クロエ、ハーヴェイ。今から、二人にかけられた人格の封印を解けるか、試したい。構わないか?』


 まっすぐにクロエとハーヴェイを見ながら、俺は口元を引き締めて思念を飛ばした。

 封じた人格を解放させてほしい、普通に考えれば到底、許可されない申し出だろう。しかしそれを動かすために、俺は今回、真摯に情報を開示し、想いを伝えてきた。

 しばし、沈黙が流れた後。クロエが深くため息をついた。


「……いいわよ。でも、フェリスはアタシがやっと、やっと契約した使い魔で、その契約はアタシが解かない限り有効なんだからね。忘れちゃダメよ」

「俺も、構わない。ラエルが人間だった頃を思い出せるなら、その方がいい」


 ハーヴェイも、沈痛な面持ちながら深く頷いた。抱いていたラエルを、そっと床に下ろす。

 フェリスもゆらりと立ち上がって、クロエの後ろから出てきた。そうして、俺、ラエル、フェリスが四人に囲まれるようにして、向かい合った。


『よし。二人とも、俺の額……額にある魔石に触れてくれ。

 それで、どういうことかが分かるはずだ』

『あ……』

『ああ……』


 俺が額を出すと、呆然としたままに二匹が俺に近づいて。

 ラエルの小さな手と、フェリスの大きな手が、同時に俺の額、山吹色をした魔石に触れる。

 刹那、まばゆい閃光が、レオンの私室を満たした。

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