第2話 岩イモと料理人

 城の廊下を歩いていくレオンの肩に乗ったまま、俺は視線をあちらこちらに巡らせていた。

 石造りの城らしく、かなりがっしりした造りだ。廊下の幅こそ人間が二人すれ違える程度だが、きっとこれは寝起きするための区画だからだろう。天井が高いから閉塞感は感じない。

 俺はレオンが歩くたびに僅かに上下動があるのを感じながら、視線を前へと向けたままチャネルを開いて思案する。念話は視線を相手に向けずに、声での会話と同じように行えるからとても便利だ。


『レオン、そういえばヴァグヤバンダは荒野の広がる世界だと言っていたが、皆は何を食べて生きているんだ?』


 問いかけると、レオンの瞳がちらりとこちらを見た。

 実際、食べ物の問題は重要だ。この身体が元々こちらの世界にいる生き物だからいいにしても、これで虫とか砂とか食べている、なんて言われでもしたらたまらない。

 そんな俺の内心の心配を感じ取ってか、俺を見る瞳をうっすら細めながら、レオンが念話を返してくる。


『ん? そうだな、主食はイモだ。岩イモという、表面が岩のようにでこぼことしたイモとその葉、魔物の肉、あとは豆類を主に食べている。外海の沿岸部に住む者は、魚も食べているな』

『岩イモ……』


 その回答に、ほっと胸をなでおろす俺だ。

 イモならまだ、抵抗なく食べられる。イモの葉は経験が無いが、魔物の肉は地球のジビエと同じと思えばいいし、豆も何だかんだで日本人には馴染みのある食材だ。

 しかし、荒れ地の世界だというから覚悟はしていたが、米どころかパンすらも、望める環境ではないらしい。

 視線を前に戻してすたすたと廊下を進みながら、レオンが念話で説明を続けてくる。


『さっきも説明した通り、アーテジアン平地は乾燥して痩せている。穀物を育てようとしてもなかなか育ってくれない。だから岩イモは文字通り生命線だ。おまけに一年の内何度も採れるしな』

『まさしくジャガイモだな……』


 レオンの説明を受けて、俺の脳内にジャガイモをよりゴツゴツさせたような、そんなシルエットが浮かび上がった。

 ジャガイモは世界中で飢饉ききんを何度も救ってきた歴史がある作物だ。痩せた硬い大地でも育つし、一年で何度も栽培できる。同じようなイモなら、こういう土地柄で主食になるのもうなずける。レオン曰く葉も食用になるということだから、地球のジャガイモのように青い部分に毒を持ってはいないのかもしれない。

 俺の独り言のような思考に、今度こそはっきりとレオンが俺の顔を見た。少しだけ目を見開いている。


『君達の世界にも、そういうイモがあるのかい?』

『ある。俺達のところだと主食は穀物だけれど、その中に主食カテゴリで食い込んでくるくらいには、一般的だ』

『荒れた土地での主食はやはりイモか、世界共通だな』


 俺の回答に苦笑しながら、レオンが廊下の角を曲がった。先程より倍以上の幅がある広い廊下に入って、他の旅団員の姿も見られるようになった。

 男も女も、年若い者も年のいった者も、色々な人がいる。そして、色々な姿をしている。

 レオンのように地球の人間と同じような姿をした者もいれば、耳が長く背の高い者も、背中から翼を生やした者も、額から角を生やして身体のあちこちから鱗を生やした者も、動物の頭と尻尾を持って全身を毛皮で覆った者も。

 あの召喚された部屋では薄暗くてよく見ることの出来なかった、多種多様な人種が揃って歩く様子に、俺は思わず目を奪われていた。

 そしてその人々の傍には、俺と同じように首輪をつけた生き物や、あの白い仮面をかぶった生き物が付き従っている。その旅団員の使い魔、ということだろう。

 旅団員と、使い魔。双方合わせると結構な人数だ。レオンは総勢八十人ほど、と言っていたが、そこに使い魔を合わせたらかなりの規模になることは間違いない。


『すっげ……こんなに人がいんのか。ところで、食堂があるって言ってたよな?』

『ああ、第六席のカスペルが取り仕切っている。彼の使い魔は料理上手が揃っているんだ。

 俺達無席次の者も持ち回りで手伝っているけれど、させてもらえることと言ったら岩イモを洗うのと、皮を剥くことくらいさ。本当は手伝いの番が当たっていたんだが、これは遅刻かな、ハハハ』

『いいのかよ……っていうか、俺が一緒に付いてきてもよかったのか?』


 あっけらかんと話して笑うレオンに、俺はジトっとした目を向ける。

 いくら俺にかかっていたとはいえ、こうもあっさり遅刻を公言して、それを取り返す様子も見せないでいると、現役中学生としてはやはり、思うところはある。

 と、そうこうするうちに間口の広い扉が大きく開かれているのが見えてきた。その内側にはたくさん並んだ長机と石製のベンチ、そして喧騒。

 その扉の中へと、廊下を行く人々が、使い魔が、どんどん入っていく。どうやらその食堂がそこらしい。

 レオンは俺を肩に乗せたまま、食堂の中へと入っていった。


『皆、使い魔が食事を用意することにも慣れているし、他の団員も普通に連れてきているからね。カスペル自ら厨房で包丁を振るう姿を奇異の目で見る者もいるが、彼自身、厨房にいる時が一番活き活きとしているから』

『心底から、料理することが好き……ってやつなんだな』


 こんな世界でも、料理好きというのはいるものだ。こんな旅団の上層部にいて、席次を貰っていてなお、自分の手で料理をするというのだから、その好き者ぶりが伺える。

 食堂は石材が中心になっていることこそそのままだが、窓が広く取られていて随分開放的な造りになっていた。キッチンもオープンキッチンスタイルのようで、カウンターの向こうで忙しなく動き回る旅団員と、仮面をつけた魔物の姿がよく見える。魔物はいずれも、調理に両手を使える二足歩行の種族のようだ。

 そのカウンターの向こう側で、キッチンの内部を注視していた、頭にバンダナのような布を巻いたクロヒョウの頭部と黒い毛皮を持つ大柄な男が、レオンの存在に気付いたようでこちらに視線を向けてきた。


「やあレオン、ようやくお出ましかい。あんまりお前が来ないから、代わりにエマーヌエルに入ってもらっちまったよ」

「すまないカスペル、この子がなかなか目を覚まさなかったものだから……」


 朗らかな調子で声をかけてきたクロヒョウの男に、レオンは言葉を返しながら俺の下顎を指で撫でてきた。喉元を触られる感覚が慣れなくて、ちょっと身を引いてしまう。

 そうして、カスペルと呼ばれたクロヒョウの男も、レオンの肩に乗る俺の存在を認めた様子で。俺の方へとその紫色の瞳を向けては、面白そうに目を細めた。


「ああ、例のか。いいさ、同じだけ働いてくれればそれが誰だって文句は言わんよ。そいつは、普通に食うのかい?」

「そうだろうな。他のカーバンクル同様、適度に冷ましてやってくれ」


 問いかけてきたのに簡潔に返したレオンに、カスペルはこくりと頷いた。

 どうやら俺も、問題なく食事にはありつけるらしい。食事を提供してくれるなら礼を言わねば、と思いつつ俺は鳴き声を上げた。この際意図が伝わるかは二の次だ。


「キュキュッ(よろしく頼むよ)」

「ハハ、愛嬌ってものを分かっているな。期待して待っていてくれていいぞ、チビ助」


 カスペルに向かって前脚を持ち上げて一声鳴くと、からからと磊落らいらくに笑ったカスペルがひらりと手を振った。掴みは上々だ。

 レオンもにっこり笑ってカスペルへと手を振ると、そのままテーブルとベンチの方に向かって足を向ける。ちらと視線を向けると、カスペルもこちらに背を向けてキッチンの中に一歩踏み出していた。

 テーブルの空いているところに腰を下ろすレオンに、俺は改めて念話で声をかける。


『今の男が、カスペルか?』

『そう、『薄明の旅団』第六席、カスペル・ハールマン。旅団の胃袋を一手に預かる、ある意味でここで最も強い権力を持つ人間だ』


 俺の言葉に小さく頷いて、レオンはキッチンの方を見た。その視線の先には、自分の使い魔だけではなく旅団の無席次の者も使って料理をこしらえ、矢継ぎ早に指示を飛ばすカスペルの姿がある。

 さすがにこれだけ多人数となると、自分だけで料理をするものでもないらしい。大所帯の組織なら猶更だ。これもまた、彼が席次を持つ理由でもあるのだろう。

 しかし、俺はどうしても引っかかることがあって。失礼を承知でレオンに問いを投げた。


『さっきの廊下の光景を見た後で言うのもなんだけど……人間・・、じゃなかったよな?』

『ん?……ああ、彼は獣型獣人種ビーストマンだからな。肌人種ネイキッドマンでないという意味で言えば、人間ではない』


 俺の言葉にレオンは小さく目を見開きながら、それでも真摯に答えてくれた。

 彼曰く、この世界において地球で言う人間は肌人種ネイキッドマンというそうで、細長い耳と長身が特徴の長耳人種ロンガーマン、背に翼を持ったり、鳥の特徴を持ったりしている鳥人種バードマン、カスペルのように獣の特徴を持ち、身体の一部や全身を毛皮で覆っている獣人種ビーストマン、角を生やしたり鱗を持ったりと、竜の特徴を有している竜人種リザードマンが人種としているとのこと。

 そして、鳥人種バードマン獣人種ビーストマン竜人種リザードマンには人型とそれ以外の二種類があり、頭が肌人種ネイキッドマンの形かそうでないか、で区別するのだという。

 これらの人種は大概国ごとにまとまって住んでいるそうだが、出稼ぎだったり旅団員の国外派遣だったりで国外に出て定住する機会も多く、どこの国でも全ての人種を見ることが出来るらしい。

 異世界らしい様々な見た目の人種がごっちゃになって暮らしている様子に、俺は文字通り呆気にとられた。


『はー……』

『そうか、噂に聞いたことがあるが、君達の世界がいわゆる『肌人種ネイキッドマンしかいない世界』ということか』

『ああ……そういうこと、になるんだろうな。肌の色に差はあるが、肌人種ネイキッドマン、だけだ』


 レオンの驚きを含んだ視線を受けて、衝撃から立ち直りきっていない俺が生返事を返す。

 そんな会話が繰り広げられていることなど露ほどにも知らず、キッチンの中ではカスペルが彼の使い魔と旅団員にげきを飛ばしていた。彼等の後ろには山積みにされた岩イモ。その量は軽く見積もっても、一山に十キログラムは下らない。


「さあどんどん剥け剥け! 人数がどっと増えたんだ、今までの倍の量の岩イモを剥いてもらうぞ!!」

「「ヤー、シュフ!!」」


 カスペルの声に、揃って返事を返す仮面をかぶった使い魔と、無席次の旅団員たち。料理を専門とするという使い魔たちに比べると、どうしても旅団員たちの包丁遣いが覚束おぼつかなく見えてしまう。

 それにしても、こうして見ると岩イモの大きさが並ではない。地球のジャガイモは大きいものでも手のひらに乗るサイズなのに、岩イモは明らかに手の上からはみ出している。あれでは皮も剥きにくいだろう。

 しかしそれを使い魔たちは、まるで毛糸玉でも解くかのようにするすると皮を剥いていく。すごい。


『やれやれ……これは、手伝いを回避できてよかったかもしれないな』

『使い魔も、人間と同じようにここでメシを食うのか?』


 重労働を回避できたことに安堵の息を漏らすレオンに、俺がふと視線を投げる。

 そういえば先程カスペルは、当たり前のように俺にも飯を出してくれようとしていた。こんな小動物のような姿の俺に、である。

 俺の問いかけに、レオンはこくりと一つ頷いた。


『ほとんど全員がそうしているな。術者と使い魔の間には、信頼関係の構築が重要になる。それを形作るのに一番手っ取り早いのは、同じ飯を一緒に食うこと。カスペルの信念だそうだ。

 ごらん、他の面々も新しい使い魔をここに連れてきているだろう』


 レオンの言葉を受けた俺が、小さく目を見張って周囲を見た。

 テーブルには、俺達と同じように席に座って談笑する旅団員たち。そしてその隣や向かいに座って、大人しくしたり主人と会話を交わしたりしている使い魔。それらが食事をとる場所は決まってここで、食事は外出している者以外は一緒に取って。

 ならばあの使い魔の中に、元々俺とクラスメイトだった者たちもいるはずなのだ。一堂に会するのなら、間違いなく。


『つまり、食事の時には……俺達異世界からやって来たやつも、その主人になっているやつも、一堂に会する、ってことか?』

『そうだな。今のうちに周囲を観察しておくといい』


 そう俺に思念を返すレオンが目を細めると同時に、俺も目をすっと細めた。

 そこから周囲に視線を配り、あの時俺が目にした魔物の姿がないかを探っていると、再びキッチンからカスペルの威勢のいい声が聞こえてくる。


「ルイザ! 調子はどうだ、そろそろ三つ目が剥けたか!?」

「ヤー、シュフ! 今五つ目を剥き終わったところです!」


 カスペルに呼びかけられた、ルイザと呼ばれた使い魔が元気よく返しながら、剥き終わった岩イモを水を張った鍋の中に放り込んだ。そのまま後ろを振り向いて旅団員が水洗いした岩イモを手に取る。

 随分と素早く、無駄のない、洗練された動きだ。

 その働きぶりにカスペルも満足しているようで、からからと笑っている。


「はっは、こいつはいい。お前ら、新入りに負けるなよ!」

「「ヤー、シュフ!!」」


 より一層大きな声で返事を返すのは使い魔たちだ。

 その姿と、呼びかけられていたルイザの姿に目をやったレオンが、小さく言葉を零した。


「あれは……なるほど」

『根木先生……?』


 俺もレオンと同じく、ルイザの姿に釘付けになっていた。

 白銀の毛並み、狐のようなピンと立った大きな耳、大きな尻尾。その上にエプロンを締めて、顔には白い仮面をつけている。

 根木先生が魔物に変えられた姿が、まさしくあんなだった。

 レオンも同じところに思い至ったようで、俺に鋭い視線を向けてくる。


『シルバーフォクシーだな。あの年長の女性はそれに変じた。元々、料理が上手なのか?』

『上手……なんじゃないか? 学校には毎日手製の弁当を持ってきていたし、キャンプの時もめっちゃ早くイモの皮剥きしていた気がする』


 レオンと顔を見合わせながら、俺も記憶を引っ張り出した。

 五月の時に学校行事で一泊二日のキャンプに行った時、三年の担任の先生たちと一緒にカレーライスを作ったのだが、根木先生は目にも留まらぬ速さでジャガイモの皮を綺麗に剥き、タマネギももの凄い速さで細かくみじん切りしていた。

 昼食の時も先生は毎日弁当を持ってきていたが、自分の手作りだということを自慢げに話していたことを覚えている。

 そのことを話すと、レオンがどこかホッとしたような表情を見せた。


『なるほど、それは幸運だな。料理が出来るなら、カスペルの下に付いていれば身分は安泰だ』

『先生……』


 レオンの言葉を受けて、俺の視線は再びルイザの方へと向けられる。

 岩イモの皮を剥いているルイザは随分と楽しそうだ。カスペルが嬉しそうにしているのも見える。きっと彼に気に入ってもらえたのだろう。

 料理を楽しむ心が、そのまま彼女の中に残っているのなら。

 俺の心に、希望が少しだけ見えたような気がした。

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