第17話 ララと魔女イルファ

「てめえ!」

 残った二人が、ナイフを構えてララに襲い掛かる。


 その時ケロが

「リャアアアアアア!」

 すこし大きな声で鳴いた。

 同時にごろつきどもは、三人ともぐしゃりとひざをついた。

 ケロの平衡感覚を失わせる咆哮だ。

 ケロは赤ちゃん竜だが、特別強い竜の赤ちゃんである。

 だから、このぐらいのことが出来るのだ。


「あれ? どうしたのかな? もしかして酔っ払ってる?」

「……くぅ」


 イルファも片ひざをついていた。

 だが、イルファの方がごろつきどもより魔力が高い。

 そしてケロの咆哮には指向性があるのでまともには食らわなかった。

 だからイルファはすぐに立ち上がる。


「なんか軽く手を掴んだだけで、ナイフ落としたりしてたし。お酒って怖いね」


 酔っ払いだから手元が狂ったに違いない。

 ララはまだ十三歳なのでお酒は飲んだことは無い。

 だが、お城の飲み会に同席したことが何度かあった。

 それで、いつもしっかりしている貴族たちがぐでんぐでんになっているのを見ている。


「私はお酒は飲まないようにしよう。怖いしね」

「いや、彼らは酔っ払いじゃなくて……」

「ナイフで襲い掛かって来たときも、ヘロヘロしてたもんね」


 酔っ払いの腰の入っていない攻撃だったから傷一つつかなかったに違いない。

 ララは、仮にも強面で暴力を生業なりわいにしている人間がそんなに弱いとは思わなかったのだ。


「いや、だから違うと思うわ」


 イルファがさらに言葉を続けようとしたとき、

「お? ララ、こんなところでどうしたんだ?」

「あっ、ピエールおじさん。奇遇だね」


 ピエールはララの護衛なのだから、近くにいるのは当然だ。

 奇遇でも何でもない。

 ずっと見ていたが、ごろつきは脅威ではないと考えて放置していた。

 そして、後始末の局面になったので面倒ごとを処理するために出て来たのだ。


「俺は犯罪者を追っていたら、ここに来たんだ」

「そういえば、おじさんは賞金稼ぎの冒険者だったもんね!」

「そうだ。おや、そこにいるのは俺が追っていた犯罪者じゃないか!」


 ピエールは少し白々しい感じで、そんなことを言う。

 だが、ララはまったく違和感には気付かない。


「え、ほんと? そこの魔女さんから薬草を盗んで、酔っぱらって暴れてたみたい」

「どうしようもないやつだな。俺がしかるべきところに連れて行こう」

「うん、おじさんお願い! あの、君もそれでいい?」

「イルファよ。イルファ・ベール」

「私はララ! イルファよろしくね」

「よろしくララ。それにピエールさんだったわね」

「ああ」

「こいつは強盗を生業としている犯罪者よ? 任せて大丈夫なのかしら?」

「ああ、任せておいてくれ」


 そう言ってピエールは自身の冒険者カードをイルファに見せた。

 そこにはAランク冒険者である旨がかかれていた。

 Aランクは、ほとんどが騎士待遇で国家に雇われている凄腕だ。

 ピエールは特殊部隊でもある。

 だから、様々な任務に対応できるように色々な資格を持っている。

 Aランク冒険者の資格もその一つだ。


「なんと……。Aランク冒険者の方なら信用できるわね。お願いします」

「うん、任されたよ」


 冒険者ギルドのランクが高いと、社会的信用も高いのだ。

 だから、イルファもピエールを信用した。

 Aランク冒険者に引き渡すなら、一般的に官憲に引き渡すよりも安心できるほどなのだ。


 ピエールがごろつきどもを運んでいったあと、イルファが言う。


「あの、ありがとう。助かったわ」

「気にしないで!」

「本当に大丈夫? ナイフで刺されたようにあたしには見えたのだけど……」


 イルファの目からみて、ララはピンピンしているように見える。

 だがナイフで刺されていたようにも見えた。

 イルファが心配しても当然といえるだろう。


「うん。大丈夫。怪我してないから。血も出てないでしょ?」

「そうね、それならいいのだけど……。でもありがとう。このお礼は必ずするわ」

「本当に気にしないで」

「ごめんね。ドラゴンちゃんもありがとう」

「りゃああー」

 ララの肩の上に乗っていたケロもご機嫌に羽をバタバタさせた。


「この子はケロちゃんっていう名前なの」

「そうなのね。ケロちゃんよろしくね」

「りゃう」

「あ、そうだ。薬草を届けないとだめなんでしょう? 急がないと」

「そうだったわ。でもそれほど急いではいないのよ」

「それならいいんだけど……」


 それからイルファとララは少し雑談をする。

 その中でララはこの街についたばかりだと話した。


「それなら、ララはどうしてこんなところに?」

「行きたい場所があるんだけど、道に迷っちゃって」

「そうなの? それはどこなのかしら? 案内してあげられるかも」


 イルファは薬草を盗んだごろつきを追ってここに来たのだ。

 この街区は治安が悪いので、ガローネの住民は基本的に近寄らないのだ。

 特に女の子は近寄らない。


「私はエラ・シュリクさんのおうちに行きたいんだけど……」

「え? うそ!」

「どうしたの?」

「この薬草を届ける先は、エラ・シュリクさまなの」

「すごい偶然だね!」

「本当にすごいわ。じゃあ。一緒に行きましょう」

「うん、ありがとう」


 そしてララとケロはイルファと一緒に歩きだす。


「東門からエラ・シュリクさんち目指して歩いてたら、ここに来ちゃったの」

「ここは南西街区よ? エラさまの家は南東街区」

「ちょっと、迷っちゃったみたいで」

「どうやったら東門から南東を目指してここに来るのかしら」

「どうしてだろうねー?」

「りゃあー?」

「迷うってレベルじゃないわよ……」


 イルファは呆れるを通り越して心配しはじめる。


「もし目的地がわからなくて困ったら、いつでも言ってね?」

「うん! ありがとう!」


 どうやらイルファは、このガローネの街出身とのことだ。

 イルファが道案内してくれたおかげで、迷いなくエラ・シュリクの家に到着したのだった。

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