第7話 貧しい魔王一家

 結界の中に入ったリカルドは、びくっとして足を止める。

 父の異様な姿に驚いたのだ。

 そんなリカルドにまるで三歳児のような魔王が笑顔で声をかけた。


「リカルド。早かったな。助かる」

「いえ……。というか、父上なのですか?」

「そうだ」


 魔王の返事にララがびっくりして、リカルドの腕から降りる。

「え、とうさま?」

 そしてララは魔王の顔を撫でまくった。


「父上が重傷とは聞いていましたが、その姿は一体?」

「それはな、リカルド、……ちょっとララ、ちょ、ちょっとララ落ち着きなさい」


 魔王はララにほっぺをムニムニされて困っていた。

 魔王を助けるため、王妃がララを後ろから抱き上げる。


「今、おとうさまとリカルドがお話ししているからね」

「はい!」


 魔王は頬を撫でながら、

「ララは、いつも返事だけはいいな……」

「えへへ」

「褒めてはいないぞ?」


 少し呆れたように言った後、魔王はリカルドに状況を説明する。


「事情はわかりました。任せてください」

「頼む」


 そして魔王はララに言う。


「ララよいか? 父がこうなったことは秘密だ」

「わかった!」

「父はどうしたのか聞かれたら、ぎっくり腰ぎみだから静養中って言うんだよ」

「わかった!」


 元気に返事をした後、ララは首をかしげる。


「でも、どうして、とうさま小さくなったの?」

「怪我が思ったより深くてね、治療のために仕方ないんだ」

「錬金術のおくすりのんだ?」

「ちょっと難しいみたいだ」

「そっかー。きずがなおったらもとにもどれるの?」

「ああ。そうだな」

「ふーん」


 ララは気のない返事を返す。

 だが、そのとき、ララは父の傷を癒すために錬金術を勉強することを心に決めていた。


 そんなララの決心には誰も気づかなかった。

 魔王はリカルドと王妃と、今後のことを真剣に話し合い始める。

 まだ幼いララは難しい会話には参加できない。

 暇になったので、錬金術師たちのことを観察して回った。



 その日からリカルドと王妃を中心に王都の復興が始まった。

 魔王は思考力が落ちなかったかわりに、眠る時間が非常に長くなった。

 一日の八割がたを寝て過ごす。

 そして、ララは錬金術の本を読み漁り始めた。




 大魔猪の襲撃から一年後。

 六歳になったララは毎日頑張っていた。


 ララは毎朝起きると、最初に眠っている魔王の様子を見る。

 ちなみに、魔王一家の住む場所は、復興途中の王都に建てられたみすぼらしい小屋だ。

 一応魔法的な防御はきちんと施されている。だが、防御しか考えられていない。

 冬は隙間風が吹き込み、夏は蒸し暑い。

 部屋の数も二つしかない。

 ベッドはなく、魔王を含めて、皆板を敷いて藁にくるまり眠っている。


 そんなみすぼらしい小屋の中で、ララは眠っている魔王の横に座る。

 そして禁断書庫から持ってきた錬金術の秘儀書を開く。

 禁断書庫は地下にあったおかげで、大魔猪のスタンピードの被害を受けなかったのだ。


「やっぱり読めない……」


 その秘儀書は存在は、魔法王国の宮廷錬金術師の間では知られていた。

 だが、強力な魔法で封じられているため、誰も読めなかった。


「どうやったら読めるようになるのかなー」

「相変わらず、苦戦しているみたいだね」

「あ、にいさま」

 リカルドはことあるごとに、ララのことを見に来ている。

 年の離れた妹のことが可愛くて仕方ないのだ。


「魔法でがっちり封じられているから、そうやって眺めていても読めないと思うよ」

「やっぱりそうなんだ。どうやったら読めるかなー」

「ララの魔力を高めるしかないかな」


 そういって、リカルドはララに魔力を高める訓練法を教える。

 それは実践的で、おもに戦闘力を高める訓練法だ。


「にいさま、ありがとう!」

「がんばるんだよ、ララ」


 リカルドはララを魔導師として鍛えたかった。


 父の状態は貴族連中にも隠し通している。

 単にぎっくり腰気味なので静養中で通していた。


 そして摂政として王妃が、王都統括としてリカルドが動いている。

 だが、いつまで隠しておけるかわからない。


 リカルドとしては、成長したララに早く魔王を継いでほしいのだ。

 ララが強大な魔力を身に着けてから即位すれば、貴族連中が反対してもねじ伏せられる。

 聖教会も簡単には手を出せなくなるだろう。


 父の回復はその後でもいい。

 強力な魔王が誕生すれば、聖教会との交渉も可能になる。

 交渉の結果、聖人の奇跡による治療を父に施してもらうことも可能になるかもしれない。


「錬金術の本もいいけど、魔導書も読まないとだめだよ?」

「わかった!」


 リカルドはララが錬金術で父を治そうと考えていることは知っている。

 だが、リカルドは一般的に錬金術の効果が乏しいことも知っているのだ。

 ララが錬金術の第一人者になろうと、魔王は治せないだろう。


「錬金術の練習はほどほどにして、魔法の練習をするのが結果として早道だろうね」

「わかった! にいさまありがとう!」


 そしてララは魔法の練習をする。真剣そのものだ。

 休憩時間になると錬金術の普通の本を読む。知識はだいぶ身についた。

 最近では、宮廷錬金術師の手伝いなどもさせてもらっているほどだ。


「ララよ……」

「あ、とうさま起きた?」

「うむ」

「すぐにご飯持ってくるね」


 そしてララは台所に行ってご飯を持ってくる。

 固いパンと干し肉だ。

 王都が壊滅してからというもの、魔王一家の食事も粗末だった。


「はい、とうさま。いっぱい食べてね!」

「苦労をかけるのう……」


 そういいながら、魔王はご飯をむしゃむしゃ食べた。

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