第8話 ララの教育

 魔王は幼児に見えるが本当は大人だ。だから食べる量もかなり多い。

 加えて、一日の大半を寝ているので、起きている間にまとめて食べる。


「とうさま、ゆっくり食べないと喉つまらせるよ」

「そうだな、むしゃむしゃむしゃ」

「はい、おみず」

「ああ、すまない」


 魔王は一気にご飯をかきこむように食べると、ふうーと長く息を吐いた。


「ララ、魔法の勉強は進んでいるか?」

「うん。にいさまが色々教えてくれるんだよ」


 魔王は水をごくごく飲んでから、ララの手元にあった錬金術の秘儀書に目をやった。


「……まだ錬金術を勉強しているのか? 無理していないか?」

「錬金術のお勉強は楽しいんだよ」

「本当に父のことは気にせずともよいのだからな」


 そう言って魔王はララの頭をワシワシと撫でた。


「その本は、まだ読めぬのか?」

「うん。にいさまは魔力を高めたら読めるかもって」

「……ふむ」

「とうさまは読める?」

「この姿だと、魔力はララより少ないゆえな」

「そっかー」

「このようなことになるなら、もっと錬金術に興味を持つべきだったかもしれぬ」


 魔王が本来の姿だったころ、錬金術に全く興味がなかったのだ。

 禁断書庫の目録に錬金術の秘儀書は載っている。

 魔王は目録を細かくチェックしたので、知っていたはずだ。

 だが、まったく覚えていなかった。

 魔導書にばかりに目がいっていたからだろう。


「だいじょうぶ。とうさま。ララが秘儀書を解読して錬金術の奥義を手に入れて見せるから」

「ありがとう。……父は果報者だ」

「えへへ」

「そうだ。父がいいことを教えてやろう」

「え、なになに?」


 最近、魔王はララに色々な魔法理論を教えていた。

 起きている短い時間の大半を魔王はララへ魔法の秘儀を教えることに費やしている。


「今日は魔法暗号と隠ぺい術について教えてやろう。本の解読にも役に立つかもしれないしな」

「やったー」


 魔王はリカルドとは違い、早くララを魔王にしたいわけではない。

 単にララが頑張っているので色々教えたくなっているだけ。

 魔王は自分の後継者としてリカルドを第一に考えているのだった。


 二時間ちょっと、ララに魔法を教えた後、魔王は眠りについた。

 その後、ララは小屋の外へ出る。


 すると、小屋の外では、老年の魔大公の一人と近衛騎士が話していた。

 魔王に会わせろと要求する魔大公を近衛騎士が止めているところだった。


 ララに気づいた魔大公がララに頭を下げる。


「王女殿下、魔王陛下はお元気ですか?」

「元気だよー、でも腰が痛いんだって」

「ぎっくり腰でしたね? 随分と長引きますね」

「わかんないけど、癖になってるとかなんとか。リハビリと言うのをやってるんだけど」

「そうでしたか。心配ですね」

「そだねー」

「ララさま、魔王陛下にお会いしたいのですが取り次いでいただけませんか」


 幼いララなら丸め込めると思って魔大公はそんなことを言う。

 魔大公たちは魔王の状況を知りたいのだ。

 当然のことながら、単に心配しているわけではない。

 もし魔大公に魔王の現状を知られれば、代替わりに動き出すだろう。


「陛下のために特別な錬金薬を持ってきたというのに、近衛騎士たちが通してくれんのです」

「じゃあ、とうさまに渡しておくね」

「いえ、直接お渡しさせていただきたい」

「えー。うーん。そのお薬調べさせて? とうさまに渡していい物か知りたいし」


 魔大公はララが何を言っているのかわからないと言った表情を浮かべる。

 ララが錬金術の勉強をしていることを、魔大公は知らないので当然だ。


「……調べるだけですよ?」

「もちろん。調べたら絶対一旦返すよ」


 魔大公はララに錬金薬の入った瓶を取り出して渡した。

 それをララは調べ始める。


「うーん」

「ね、ちゃんとしたお薬でしょう?」

「ちゃんとしたヒールポーションだね」

「はい。他国の腕のいい錬金術師謹製のヒールポーションです」


 ララはヒールポーションを光にかざして魔大公に見せる。


「でも、このポーションに使われているケアリ草は品質が悪いかも。夏に採取したのかな」

 ケアリ草はヒールポーションの主成分となる薬草だ。


「ほら、こうしてみると少し黄色みがかっているでしょ?」

「それがなにか……」

「ケアリ草は冬に雪の下から採ったものの方が効果が高いんだよ。採集が難しいんだけど」

「そう、だったのですか……」

「冬に採ったケアリ草で作ったヒールポーションだとこんな感じ」


 そういって、ララはポケットからポーションを取り出して光にかざす。


「ね? 黄色くなくて、青っぽいでしょ?」

「確かに……。最高級品と銘打たれていた高額な商品だったのですが……」


 ララは魔大公にヒールポーションを返した。

 魔大公はその瓶のラベルをじっくりと読む。


「ララさま、でもここに冬採取ケアリ草って書いてますよ?」

「たぶんだけど、その錬金術師さん、自分でケアリ草を栽培しているのかも」

「……そういえば、そのようなうわさを聞いたことはあります」


 ララは魔大公に解説する。

 自分で栽培すれば、安定供給できるが品質は夏栽培相当になってしまうのだ。

 でも、冬に採取したのは本当だ。だからラベルには冬採取と書くことが出来る。


「だから色で判断した方がいいよ。瓶の色でごまかしたりすることもあるんだけど……」

「勉強になります」

「はい、じゃあこれおじさんに塗ってあげる」


 ララは魔大公に向けて冬採取の青いヒールポーションを掲げた。


「えっ?」

「いいから後ろ向いて」

「は、はい」


 ララは魔大公の服をめくって腰をむき出しにした。

 そしてヒールポーションを腰に塗っていく。


「どう?」

「……痛みがほとんど消えました」

「よかったー。もう少し動かないでね」

「はい」

「力を抜いて、息をすってー、吐いてー」


 ララは魔大公の腰骨や背骨あたりをいじってぽきぽきと鳴らした。

 ララは六歳なのでとても小さい。

 だから魔法を使って、魔大公の身体を固定してひねったりした。

 一分ほどの施術が終わって、ララはパシッと魔大公の腰を軽く叩いた。

 そして魔大公の前に回り込む。

 

「おじさん、どう?」

「……驚くほど軽くなりました。まったく腰が痛くありません」

「よかったー。これで、しばらくは大丈夫だよ」

「どうして、私が腰を痛めていると知っていたのですか?」

「知らなかったけど、歩き方とか、立ち方でわかった!」


 診断も、錬金術師の重要な仕事の一つだ。

 ララは錬金術の修行をひたすらしているので、そのぐらいわかるようになっていた。

 王都が壊滅したおかげで大量にでた怪我人の治療を手伝った効果もあったのだろう。


 秘儀書は読めないが古代の書物などの普通の錬金術師が読んでいない書物も読破している。

 だから、既に一流の水準に達しつつあったのだった。

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