第9話 六歳のララ

 魔大公は腰をさすりながら言う。


「どんな錬金術師も治せなかった腰の痛みを……、ありがとうございます」

「効いたみたいでよかったー」

「このような薬があるのならば、私の持ってきた薬など必要ありませんな」

「ごめんだけど、そうかも。それは別の人に上げて」

「そうさせていただきます」

「うんうん」


 魔大公はララに探るような目を向ける。


「ララさま。ちなみにですが、私に使ってくださった錬金薬はどこで手に入れたのです?」

「それはララが作ったんだよ」

「……なんと、それは本当ですか?」

「最近、錬金術を勉強しているんだー。とうさまの腰も治してあげたいし」

「そうでしたか。ぎっくり腰も重傷みたいですね」

「無理したら悪化するみたいだよ」

「そうでしたか」


 魔大公は考える。

 ララが本当に錬金薬を作ったのかは眉唾物だ。

 だが、魔王はこの薬を治療に使っているのだろう。

 にもかかわらず、静養を続けている。

 つまり、魔王の腰は余程悪いのだろう。

 だが腰が痛くとも、魔王の魔力があるならば、充分強い。


「それでは私はこれで、お暇させていただきます」


 ララは笑顔で魔大公に言う。

「うん! とうさまにはお見舞いに来てくれたって言っておくね」

「……よろしくお願いいたします」


 そして、魔大公は腰の治療のお礼を何度も言いながら、帰っていった。


 それを見送りながら、ララは思う。

 もっと錬金術を極めなければと。


 そして、ララは魔王城の裏山へと走った。

 錬金術の素材を集めるため。そして、裏山で遊ぶためだ。


 魔法と錬金術に類まれなく才能を発揮するララも、まだ六歳。

 まだまだ遊びたい年頃だ。

 それも、ままごとなどではなく、昆虫採集やザリガニ釣りなどが楽しくて仕方ないのだ。


 とはいえ、辺境の魔王城。

 その裏山だ。凶悪な魔物が大量に生息している。

 普通の冒険者ならば、怖くて近寄らないほどだ。


「あ、ザリガニだ! 捕まえよう」

 だが、ララは沢でザリガニを見つけたので早速捕まえる。


 ――ビチビチガチ!

 背後から頭を掴まれたザリガニは勢いよく暴れる。

 ザリガニと言っても魔界オオザリガニ。Bランク魔物である。

 六歳のララより大きいザリガニだ。ハサミをぶんぶん振り回して抵抗する。

 ハサミの当たった、周囲の木が切断されて倒壊する。


「生きがいい! ザリガニは錬金術の素材も取れるし、おいしいからね!」

 ララは素早くザリガニを締めると、背中に背負った籠に入れる。


「うーん。やっぱり魔法の鞄欲しい。今度作ってみようかな」


 魔法の鞄とは内容量が見た目よりずっと大きい鞄だ。

 高級なものになると、内容量が増えていく。

 重い物を入れても重さが変わらなかったり、状態が変わらなかったりもするものもある。

 そう言うものになるほど高いのだが。


「この前図書館に魔法の鞄関係の本あったような……」


 そんなことを言いながら、ララは魔界オオカブトムシを採集する。

 ついでに木の実や山菜も取る。

 錬金術の素材にもなるし、ご飯にもなる。

 王都の復興途中のため、魔王一家の食事も乏しいのだ。


「あ、鳥だ。とうさまも、かあさまも、にいさまも鳥のお肉は好きだもんね」

 そう言って遠くに飛ぶロック鳥をララは狙いを定めた。


「慎重に……」

 どこを撃ち抜くかで味が変わる。

 ララはじっくりと狙いを定め、首を一撃で落とそうと魔法を放とうとした瞬間。

 誰かの気配を感じてララは振り返る。


「だれ?」

 ララは裏山での遊びのおかげで気配察知に慣れている。

 だというのに、すぐ近くに来られるまで、気配を感じなかった。


 背後にいたのは四十台の体格のいい男だった。

 ララに気づかれて、驚いていた。


「もう、鳥捕まえる途中だったのに。おじさんのせいで逃がしちゃった」

「それはすま……、お主何者だ?」


 これまで、ララはロック鳥を捕まえるため気配を押し殺していた。

 だがそれが失敗に終わり気を抜いたので、気配を押し殺すのをやめたのだ。

 途端に目の前の幼児が、化け物にかわった。


 男は剣聖と呼ばれている戦士だ。

 在野最強。

 聖教会の最高戦力、勇者を超える実力者とすら言われている。

 そして、剣聖は冒険者ギルド経由で聖教会から魔王討伐を依頼されたのだ。

 聖教会は魔王が静養に入っている今を千載一遇のチャンスと認識していた。


「何者って、ララだよ?」

「ララこそ、こんなところでなにを?」


 一見、ただの可愛らしい幼女だ。だが剣聖にはわかる。わかってしまった。

 剣聖は数十年、死線を潜り抜けてきている。

 研ぎ澄まされた感覚が全力で警鐘を鳴らしている。

 目の前にいるのは、まぎれもなく幼女の姿をした化け物だ。


 この場所は魔王城の背後にある山。凶悪な魔物が跋扈する危険地帯。

 幼女などいるはずのない場所だ。


「お主。魔王だな?」

「ちがうよ?」


 史上最強の剣聖と謳われる自分を震えさせるほどの圧力を持つ化け物。

 それゆえ剣聖はララを魔王その人だと誤認した。


「ちがうよー。ララはララだよ?」

「我輩も剣聖と謳われた者。城で迎え撃てば少なくない被害が出る。ということか」


 だから、魔王は幼児に姿を変え城の外で待ち伏せていたと剣聖は判断した。

 剣聖は油断なく、ゆっくりと剣の柄へと手を伸ばしたのだった。

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