第28話 魔熊と魔ダニ その2

「薬草は組み合わせ次第で毒性が強くなるからね」

 毒と薬は紙一重なのだ。

 ララが作った薬を燃やした煙は、軽い麻痺の効果がある。

 それゆえ、煙を浴びた魔ダニはそのまま地面に落ちるのだ。

 そして魔ダニに比べてはるかに大きな体の魔熊には、大した効果はない。


「ケロちゃん、そんなに強い毒じゃないけど煙はあまり吸わない方がいいよ」

「りゃ」

「ケロちゃんも、小さいからね。こっちにおいで」


 ケロは鼻を自分の手で抑えて、魔熊の肩からララの方へとパタパタ飛んで戻る。

 そんなケロを自分の服の中、胸のあたりに入れる。

 それからララはその煙を魔熊の首の後ろについた魔ダニに浴びせた。


「この魔ダニ、結構粘るなぁ。よほど強い個体だったのかも」


 ララがこの方法でダニを除去したのは初めてではない。

 実家で飼育していたグレートケルベロスのダニ取りはララの仕事だったのだ。


 実家、つまり魔王城のグレートケルベロスはペットと言うより番犬である。

 魔王一家の住む小屋の周囲に、合わせて数十頭はいたものだ。


「なかなか、魔ダニ取れないねー。追加しよう」


 ララは、さらにペースト状の薬を錬金壺から取り出す。

 そして火を点けると、魔熊の足元置いた。

 それにより魔熊の全身が煙に包まれる。


「あ、取れた」

 首の後ろについていた大きな魔ダニがポロリと落ちる。

 それに続いて、全身から魔ダニがボロボロと落ちた。


「首以外にも一杯ついていたんだねー。これだけ魔ダニに咬まれていたら、しんどいよね」


 ララは落ちた魔ダニを、魔法の鞄の中に入れていく。


「魔ダニ自体も錬金薬の材料になるからねー」


 それからもう一度、四つん這いになっている魔熊の全身を調べる。


「はい、右後ろ足上げて」

 そういって、ララは右後ろ足を持ち上げる。

「……gu」

「はい、次は左後ろ足だよ」


 足を持ち上げ、足の裏までチェックしていく。

 その結果、左の前足の肉球の間にも魔ダニを見つけた。

 それも丁寧に取り除く。


 その間、魔熊はものすごく大人しかった。

 足を持ち上げられても、尻尾を上げられお尻の穴を見られても大人しい。

 たまに呻くだけで吠えもしないし、わずかな抵抗もしなかった。


 全ての魔ダニを除去した後、ララは言う。


「魔ダニにこれだけ咬まれてたら解毒もした方がいいかも。ちょっと待ってね」


 ララは解毒効果のあるアンチドーテを魔熊に飲ませることにした。

 魔ダニを駆除したので、放っておいても、回復すると思われる。

 だが、回復するんでしばらく苦しいままだろう。


「せっかく作ったし、余ったダニ駆除薬もきちんと保管しておこう」


 ララは空き瓶にダニ駆除薬を詰めていく。

 そして錬金壺を綺麗にしてから、アンチドーテの作成に入る。


「熊さんも動かないでね」

「……」


 ララは魔熊から手を放して視線も外した。

 だが、ララが動くなと言ったからか、魔熊はまるで石像であるかのように動かない。


 その間にララはアンチドーテを素早く作る。


「これでよしっと。瓶詰もしないとね」

 手早くララはアンチドーテを瓶詰めする。

 それを終えると、瓶の一つを手に取った。


 そして魔ダニに食いつかれていた部分に軽く塗る。

 すぐに魔ダニの毒に侵されていた傷口が癒えていく。


「ヒールポーションの効果も付加しておいたから、傷はすぐ治るよ」

「……g」

「しみた? ごめんね」

 結構しみるはずだが、魔熊は悲鳴を上げないよう牙を食いしばっていた。


「あとは、念のためにアンチドーテを飲めば大丈夫だよ」

 ララは瓶に半分ほど残ったアンチドーテを魔熊の口に突っ込んだ。


「苦いけど我慢して飲んでね」

「guhgh」


 魔熊はむせかけていたが、大人しくアンチドーテを飲む。

 ララの言うことには絶対服従らしい。


「身体が熱くなるかもだけど、大丈夫だからね」

「……」


 魔熊の体から、大量の汗が噴き出していた。

 毛皮がぐっしょり濡れて、滴ってくるほどだ。


「魔ダニの大きさから考えて……。数年単位で咬まれ続けていたのかも……」


 魔熊は長い間、魔ダニに食いつかれて、魔力と血を吸われていた。

 そしてその間ずっと魔ダニは毒素を吐き出すのだ。


 魔ダニの毒素には痛み止めと皮膚を麻痺させる効果がある。

 それによって、魔熊に自分の存在を気付かせないようにするのだ。


 その結果、魔熊は原因不明の体の不調と飢えに悩まされ続けた。

 イライラして凶暴にもなろうというものだ。


 しばらくして、魔熊の表情が穏やかになった。


「もう、大丈夫? 夏だから体は拭かなくてもいいかなぁ」

「GU……」

「うん。もう行っても大丈夫だよ」


 元気になった魔熊を見て、ララは満足そうに微笑みながら解放する。


「私たちはいじめないから安心してね」

「G……」

 解放された魔熊は警戒しながら、ララから視線を外さないようにしてゆっくりと後ずさる。

 そしてある程度、ララとの距離をとってから一目散に逃げだした。

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