第2話 魔王と勇者
王妃は魔王から離れてララのところへ移動する。
王妃が魔王の言葉に従ったのは自分では助けにならないと自覚したからだ。
王妃も優秀な魔導師である。
それでも魔王とその正面に立つ男との力量の差は歴然としていた。
「ララ。向こうに行きましょう」
「え? とうさまは?」
「ここに私たちがいたら、とうさまの邪魔になるわ」
「そ、そっか」
そしてララと王妃は急いでその場を離れて行く。
「あなた、御武運を」
「おう。そなたたちもな」
魔王は立ち去るララたちの背をちらりと見て微笑んだ。
そして目の前の男に向けて言う。
「……王都の危機に駆け付けたという雰囲気でもなさそうだな」
「やっぱり、わかりますか? そりゃ、わかりますよね」
「
「苦労しました」
男は笑顔で肯定する。
「どうやった?」
「秘密です」
「魔大公の一人ともあろうものが……。民が何人死んだと思うておるか!」
「民なんてどうでもいいでしょう?」
「……お前を魔大公にしたのは間違いだった」
「それに陛下は強いから普通にやっても勝てませんし」
「……浅はかな。俺を倒したところで、魔王にはなれぬぞ?」
「それはどうですかねぇ」
男はにやにや笑いをやめない。
魔王の下には、魔大公、公、侯、伯、子、男に騎士の爵位を持つ貴族がいる。
その貴族の中で魔大公位に上り詰めたものから、次の魔王が選ばれるシステムだ。
魔王の娘であるララも魔大公位まで上り詰めない限り、魔王にはなれない。
魔王の前にいる男は、最も若い魔大公である。
若いが魔法の才にあふれ、家柄も功績も実力も充分だった。
複数の貴族からの推挙もあり、魔王は魔大公の一人に選んだ。
「魔大公ともなれば、自覚が生まれるとも思ったのだがな……」
地位が人を育てるということはある。
だが、今回は不幸にもそうならなかったようだ。
「いま、急に陛下が崩御すれば、魔法王国は混乱します。王都もこの通りですし」
男は瓦礫の山に変わった王都を見ながら、楽しそうに言う。
「政治的にいくらでもやりようはありますよ」
「それほど、うまくいくとは思えぬがな」
「それをうまくいかせるのが俺の仕事だ」
魔大公の後ろから、もう一人男がするりと現れた。
ほとんど気配がなかった。
つまり、それほどの実力者であるということだ。
「それに、今からすぐに死ぬお前が将来のことを心配しても致し方あるまい」
「……聖教会の勇者がどうしてここにいる?」
魔王の問いには答えず、勇者は魔大公の肩に手を置いた。
すると魔大公は楽しそうに言う。
「私は聖教会と仲良くしていこうって決めたんですよ。陛下とは違ってね」
「魔大公閣下の魔王への即位に反対する者たちは、勇者である私が手にかければいい」
勇者とは聖教会の所持する最高戦力である。
聖神の加護を受け、魔大公を超えるほどの尋常ならざる力を持つ。
勇者が本気で動けば、反対派を粛正することは可能だろう。
「そうすれば、私の魔王即位を妨げる問題は、文字通り消えますから」
「魔大公ともあろうものが、聖教会の犬となり果てたか」
魔王への即位に勇者の力を借りれば、魔王は聖教会の傀儡となり下がってしまう。
そんなことがわからないほど、魔大公は愚かではないはずだと魔王は思っていた。
「魔王陛下の懸念はわかりますよ? それもこれも後でどうにでもなります」
「そう簡単に行くとは思えぬがな」
魔大公は自分の政治的手腕に絶対的な自信があるのだろう。
当初は傀儡とされていても隙を見て実権を取り戻そうと考えているに違いない。
だが、聖教会を甘く見すぎだ。
聖教会は権謀術数渦巻く魔窟。
そこを生き延びてきた高位聖職者たちが、それほど甘いわけがない。
魔大公など、政治手腕的には赤子のようなものだろう。
だが、魔大公はそんな未来を想像すらしていないようだ。
とても楽しそうな笑顔を魔王に向ける。
「魔王。あなたは強すぎたんですよ。だから利害の一致という奴です」
魔法王国は聖教会と仲が良くない。
聖教会にとってみれば、魔王は目障りな存在だ。
「……仮にも聖教会を名乗るものが、民を犠牲にする作戦を実行するとはな」
大魔猪の群れを操って、的確に魔法王国の王都を襲わせるのは難しい。
魔大公がどうやってそれをなしたのか、魔王にはわからなかった。
だが、魔大公に聖教会が力を貸していたのならば可能だろう。
「魔法王国の民は異教徒ですから」
死んで当然だと言わんばかりに勇者は笑う。
「さて、魔王。無駄話はこのぐらいにしましょうか」
「そういうな、勇者よ。もう少し話そうではないか」
魔王はララたちが逃げる時間を稼ごうとする。
だが、魔王の意図は魔大公に見抜かれた。
「そうはいきませんよ、陛下。逃げた王女を殺さねばなりませんから」
「……そう簡単に俺を殺せるとは思わぬことだ」
「万全の状態ならばそうでしょうね」
そう言って魔大公は笑う。
大魔猪の群れから民を守るために戦い続けたせいで魔王はすでに瀕死だ。
大魔法を何度も行使したせいで、魔力もつきかけている。
だから、今の魔王を倒すのはさほど難しくはない。
そう魔大公も勇者も考えていた。
「いきます!」
そう叫んで魔大公が突っ込んでくる。
魔法で身体を強化しているため、魔大公の速さは人の域を超えている。
矢よりも速い突進だった。
「いきますと言って、本当に来るやつがおるか!」
魔王の魔法が魔大公を迎撃する。
地面から飛び出た土の巨大なトゲが魔大公を下から貫く。
「ちぃ」
魔大公は体をひねって土のトゲを避けたが、わき腹がかすった。
血のしぶきが飛んだ。
「死ねや!」
聖剣を振りかざして勇者が魔王に襲い掛かる。
「いちいち叫ばなければ、かかって来れぬのか?」
魔王の放った不可視の魔法の槍が四方八方から勇者を襲う。
勇者が超反応で槍をよけ、聖剣で槍を砕いた。
そして、そのまま魔王へと斬りかかる。
魔王は勇者の突進を魔法障壁で止めた。
「……瀕死とは思えませんね」
そういって、勇者は聖剣をふるう。障壁が聖剣によってあっさり砕かれた。
「馬鹿なことを申すな。瀕死だからこの程度で済んでいるのだ」
至近距離まで近づいた勇者を、魔王は風魔法で吹っ飛ばす。
同時に魔王は、後ろから飛び掛かってきた魔大公を魔力の巨大な拳で殴り飛ばした。
「ばべえ」
変な声を出して、魔大公は吹っ飛んだ。
魔王はすでに瀕死だ。
今は立っているのもしんどい状態。虚勢に過ぎない。
だが、それを悟らせないよう、魔王は不敵に笑って見せる。
「俺が万全ならこんなものではないぞ? 俺が瀕死で良かったな」
魔王は魔大公と勇者を睥睨した。
その視線はまさに魔王と言うべき威圧感を持っていた。
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