魔王の娘。勇者にやられた父を癒すために錬金術を極める

えぞぎんぎつね

第1話 魔王城落城

 魔王の娘、五歳のララは外で遊ぶのが大好きだ。

 いつも護衛などを振り切って、裏山を駆けまわるのだった。


 そんなララは、いつものように魔王城の裏山で昆虫採集とザリガニ釣りをして遊んでいた。

 すると、俄かに魔王城の方が騒がしくなった。


「あれ? どしたのかな?」

 ララが魔王城の見える方へと走った。すると魔王城は燃えていた。

 高く堅固な城壁は見る影もなく瓦礫の山へと変わっている。


「急いでみんなを助けないと!」

 ララは捕まえた昆虫とザリガニを解放して、全力で走った。


 魔王城は城塞都市である。

 城壁の内側には、多くの民が住んでいるのだ。

 すぐに助けなければならない。


 だが、魔王のいる居城を崩壊させた敵が近くにいると考えた方がいい。

 当然、その敵は父である魔王より強いと考えなければならないだろう。

 魔王は、魔導の中心地である魔法王国の全ての魔導師の頂点に立つ最強の魔導師だ。


 魔王の側近の間ではララは魔導の天才と呼ばれているが、五歳の幼女に過ぎない。

 いくらなんでも、ララが父より強い敵に勝てるわけがない。


 そんなことはララもわかっている。

 それでもララは全力で走った。


 城塞都市の中、魔王の居城があったあたりに近づくと、悲痛な女性の声が聞こえてきた。

「ララー! ララー! どこにいるの? いるなら返事をしてちょうだい!」

「あ、かあさま!」


 それは母がララを呼ぶ声だった。

 ララに気づいて、母は急いで走り寄って抱きしめる。


「ララ! よくぞ無事で……。呼んでも返事がないから、瓦礫の下にいるのかと……」

 ララは五歳にしてすでに強力な魔導師だが、母はただの無力な幼女と認識している。


「かあさま。お城どうしたの?」

大魔猪だいまちょの大群が襲って来て……」


 大魔猪とは一頭が一般的な牛の五十倍ほどの体重を持つ魔獣の猪である。

 大魔猪の群れの長ともなると、さらにその数倍の大きさになる。


 その大魔猪の数百頭の群れが魔王城の城壁を、中の城や建物ごと踏みつぶしていった。

 全身を魔力で覆い、魔力で加速した大魔猪の突撃は岩山をも容易く砕くほどだ。

 堅牢なる城塞都市でも一たまりもない。


「とうさまは?」

 ララの問いに母は悲しそうに首を振る。


「え、まさか!」

「いくら強くても、大魔猪の群れには……」


 最強の魔導師である魔王でも、大魔猪の群れを止めるには至らなかった。

 大魔猪は毛皮が分厚く、魔法と物理の耐性が異常に高い。

 一頭、二頭ならまだしも、数百頭となると、魔王であろうとさすがに止められない。


「……大魔猪を数十頭は倒したけど、最終的に力尽きてしまったわ」

 民を守りながら戦わなければならなかったことが、さらに魔王に不利に働いた。


「とうさまはどこ?」

「あそこに……」

「……おお、ララ」

 瓦礫の方からは魔王の声がする。


「とうさま!」

 ララは父である魔王のもとへと走り寄る。


「ラ、ララ……。無事で何よりだ」

「どうして? 最強の魔王のとうさまがこんなことに!」

「……野生動物は恐ろしいんだ。いくら魔導を極めても……。無敵ではない」

「極めてもダメ……。野生動物に勝てない……」

「そうだ。だからララも気を付けないといけないよ……」


 魔王は、我が娘ララのことを天才だと知っている。

 だからこそ、ララが油断しないように教訓めいたことを言う。


 その時、離れた場所で瓦礫が爆発した。

 同時に魔法と魔法のぶつかる戦闘音が聞こえ始めた。


「ど、どうしたの?」

 ララはびくっとして身構える。ララの母も身構えた。

 そして魔王はそちらをちらりと見てから、ララの母、王妃に向かって言う。


「……立つ。手を貸してくれ」

「あなた、無理をしてはダメよ」

「すまぬな。だが、やらねばならぬことがある」

 王妃の手を借りて魔王はゆっくりと立ち上がる。


「っつぅ」

 痛そうに顔をゆがめる魔王にララは、

「とうさま、起きたらだめだよ? 傷が開いちゃうでしょ」

「大丈夫。錬金術の薬を塗ったからな」

「薬ってすごいね」

「ああ、そうだな」


 魔王が魔法王国の宮廷錬金術師の作った薬を塗ったのは事実である。

 だが、魔王の傷はほとんど回復していない。


 魔法王国の宮廷錬金術師の腕は悪くはない。むしろ凄腕に分類される錬金術師だ。

 一般的に錬金術薬の効果が、そもそも乏しいのだ。

 魔王の傷がほとんど癒えていないのは、錬金術師の腕のせいではなく錬金術の限界のためだ。


 魔王は肩を貸してくれた王妃に言う。


「ララを頼むぞ」

「あなた……。まるでこれが最後みたいよ? 縁起が悪いわ」

「聞いてくれ。ララは天才だ。だからこそ道を誤りやすい」

「そうかもしれないけど……」


 まるで遺言のようなことを言う魔王に王妃は困惑する。

 そんな王妃を見て、魔王は微笑むと、頭をワシワシと撫でた。


「あなた。髪が乱れてしまうわ」

「ふふ。俺はこれから敵を倒さねばならぬ。勝てるかどうかわからん」

「それならば私も手を貸すわ」

 王妃の申し出に、魔王は首を振る。


「いや、ここは俺に任せろ。そなたはララを連れて逃げてくれ」


 そこまで魔王が言った時、ゆっくりとこちらに向けて一人の男が近づいて来た。

 先ほどの戦闘音を引き起こしていたのもこいつだ。


 男は進ませまいとする魔王の配下に勝利したあと、ゆっくりと歩いて来ている。

 それに気が付いていたからこそ、魔王は遺言めいたことを王妃に告げたのだ。


「魔王陛下。随分とお疲れのようですね。大丈夫ですか?」

 そう言って男はにやりといやらしく笑う。


「……ララを頼んだ」

「……わかったわ」


 王妃は素直にうなずいた。

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