第6話 魔王の懸念とララとリカルド

 三歳ぐらいに見える幼児は、変質した魔王だった。


「……うむ」

 身体の感覚を確かめるように魔王は手を握ったり開いたりする。


 魔王が使ったのは、いにしえより代々の魔王に伝わる秘儀である。

 生まれ変わりでもなければ、若返りでもない。

 姿は幼児だが、実際は大人なので成長はしない。

 簡単に言えば、肉体を犠牲にすることで傷と呪いを封印するという術だ。


「どう? 頭はすっきりしている?」

「うむ。思考力は維持できたようだ……」


 この秘儀は本当は使いたくない類の術。様々なデメリットがある。

 思考力が維持できず、頭脳が幼児以下になることも少なくない。

 だから秘儀を使う前に、魔王は王妃に玉璽を渡したのだ。


「維持できていると思っているだけかもしれないわよ?」

「そうだな、あとでテストしよう」


 身体が小さくなると同時に脳も小さくなる。

 思考力を維持できていると思っていても、実際は落ちている場合も多々ある。


「あなた、魔力はどう?」

「確かめてみないと正確なことはわからぬが……。十分の一もないだろうな」


 そんな魔王に錬金術師たちの長が頭を下げる。


「我々の力が及ばぬばかりに、陛下には大変なご苦労を……」

「いや、聖剣の呪いが想定以上に強かっただけだ。気にすることは無い」


 恐縮する錬金術師たちに、魔王は改めて言う。


「そなたたちは手を尽くしてくれた。ありがとう」

「勿体なきお言葉……」


 魔王の使った秘儀は、いわば時間稼ぎのための術。

 回復するまで、無理やり傷と呪いを封印するだけの術だ。

 魔力も抑えられるため傷自体の回復も遅れる。

 そして傷が治りきるまで、身体を元に戻すこともできない。


 魔王はその場にいる王妃、隊長、錬金術師に告げる。


「俺の状態は秘しておくように」

「御意」

「こうなってはまともに魔法も使えぬゆえな」


 王妃が心配そうに魔王の頬を撫でた。


「適当な魔大公に譲位してゆっくり回復するのも手だと思うわ」

「……魔大公たちが頼りない。聖教会から民を守れるとは思えぬ」

「確かにそれは陛下のおっしゃる通りでしょうね」


 隊長も同意する。

 隊長は近衛騎士団長として、魔大公連中と接することも多いのだ。


「リカルドはどうかしら?」

 ララの兄、リカルドは優秀な魔導師だ。

 魔導の実力だけで言えば、魔大公にも引けを取らない。


「まだ若すぎる。リカルドが魔王位を継げるぐらい成長するまで時間を稼ぎたい」

「ララにはどう説明するの?」

「……難しい問題だな。ララは幼すぎるゆえ、機密と言うものを理解できるか……」

「かといって、あなたが消えたと説明したら死んだと思って泣くに違いないわ」


 魔王たちはララにどう説明すべきか考え始めた。



 一方そのころ。

 治療を終えたララはテントから出ようとしていた。


「じゃあ、とうさまのところに行ってくるね!」

「ララさま、お待ちを」

 隊長の部下、近衛騎士の一人が慌てて止めるが、ララは止まらない。

 幼児は急には止まらないのだ。


 ララが勢いよくテントから飛び出したところで、後ろ襟首をつかまれた。

 

「こら。ララ。大人の言うこと聞かないとダメだよ」

 ララは自分の襟首をつかんだ人物の顔を見て、笑顔になった。

「あっ! にいさま!」


 その人物がララの大好きな兄のリカルドだったからだ。


「にいさま、どうしたの?」

「大変なことになってるから手伝えって、陛下……、父上からね」

「そうなんだ!」


 リカルドをみて近衛騎士たちは姿勢を正して頭を下げた。

 リカルドはきちんと自分の護衛を連れている。

 非常事態と言うことで、守備を固めてから来たのだ。


「ララが迷惑をかけたね。陛下のところには俺が連れて行くから安心してくれ」

「畏まりました」


 ララを抱きあげると、リカルドは歩き出す。

「にいさま、とおくにいたんじゃないの?」

「すぐに駆け付けるための、色々な方法があるんだよ」

「すごい!」


 リカルドがどや顔でもったいつけると、ララは素直に感心した。


 実際には王都と辺境のリカルドの館をつなぐ転移魔法陣があるというだけである。

 転移魔法陣は貴重なもの。

 転移魔法陣はすべての貴族の館にあるわけではない。

 魔大公の館であっても、設置されてないところの方が多い。


 リカルドの館に設置してあるのは、いざというとき王族が避難するため。

 その「いざというとき」には、今回のような魔大公の謀反も当然含まれる。

 だから、本当に信頼のおけるものの館にしか転移魔法陣は設置されていないのだ。


 リカルドは周囲を観察しながら、素早く歩く。


「それにしても、あの壮麗だった王都が見る影もないな」

「だいまちょのむれだって!」

「大魔猪の群れ……。それだけでここまでにはなるまいが……」


 リカルドは呼び出しを受けたときに、隊長から簡単な説明は受けた。

 それで得た情報と、王都の現状をみて考えながらリカルドは歩いていく。


 そしてすぐにリカルドとララは魔王のいるテントの前に到着する。


「入ります!」


 魔王の嫡子にして公爵であるリカルドが入って来たことに気づいても、誰も動きを変えない。

 重傷者の手当ての最中なのだ。

 一礼する暇すら惜しいとばかりに、錬金術師たちが動き回る。


 リカルドは錬金術師たちの邪魔をしないよう気を付けながら、そのままテントの奥へと進む。


「重傷者が多いな」

「……たいへんだ」


 リカルドは魔王のいる場所へとまっすぐに進む。

 魔王のいる場所は、入った瞬間にリカルドはわかった。

 防音と不可視の効果を持つ結界が張られているからだ。


 内から外へと向かう音と光は完全に遮るが、それ以外は遮らない結界だ。

「失礼します」

 だから、結界の外で声を出せば内には聞こえる。

 結界の内側に向けて挨拶の言葉をかけてから、リカルドはララを抱えたまま中へと入った。

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