第5話 魔王が遺した言葉

「ララを連れて、セーフルームに逃げ込もうとしたのだけど……」


 王族としての当然のたしなみとして、魔王一家は複数の隠れ場所を所持している。

 そのうちの一つに向かって、王妃はララを連れて走っていた。


「セーフルームにつく前に隊長たちと合流できたの」

「それは良かったが……なぜララがこっちにきた?」

「隊長たちに状況を説明していたら、ララが急に元来た道を走り出したの」

「なぜ?」

「話を聞いて、あなたが危ないと思ったのかも知れないわね」


 王妃の隊長への状況の説明の中には、早く魔王を助けに行くようにという要請もあった。

 それを聞いてララは走り出したのだ。


「我々もララさまを追いかけたのですが……」

「追いつけなかったか」

「はい、お恥ずかしながら」


 特殊部隊の中でも精鋭中の精鋭である王族護衛の隊長よりララは速かった。

 だから、ララの方が先についたのだ。

 そして隊長や王妃たちが到着したときには、ほぼすべて終わっていた。


「我が子ながら末恐ろしいな」

「将来が楽しみです」


 そんなことを話しているうちに、重傷者用テントに到着する。

 その中にはベッドがある。そこに魔王は横たわった。

 すぐに四人の錬金術師たちが、一斉に魔王の傷への処置を開始する。


「陛下。失礼いたします。痛み止めを……」

「必要ない」

「ですが……」


 これからの処置は激痛を伴う。麻酔なしの処置は非常につらい。


「まだ、指示を出さねばならない。それに麻酔なしでやらねばならぬことがあるやも知れぬ」

「…………わかりました」


 錬金術で作られた痛み止めは意識を朦朧とさせる作用がある。

 痛み止め投与後一日程度、指示は出せなくなる。

 それに朦朧とした意識では繊細な魔法は扱えない。


「すまないな。非常時ゆえ、わがままを許してくれ」

「はい。ですが陛下、痛いですよ。我慢してくださいね」

「ああ、頼む……ぐううううう」


 錬金術師たちは手分けして魔王の傷口に止血効果のあるヒールポーションをかけていく。

 同時に解毒薬であるアンチドーテを傷口にかけて、口から飲ませる。


 傷口と薬が反応し、泡が出た。

 この処置は相当痛いのだ。魔王は額に脂汗を浮かべる。


「ここからはさらに痛いです。我慢できなくなれば、すぐに言ってください」

「わかった。始めてくれ」


 錬金術師たちは、魔王の傷口を針と糸で縫っていく。

「ぬうううう」

 魔王は歯を食いしばる。


「あまり無理はしないでくださいね」

「……ふう。大丈夫だ」

 魔王は笑顔を浮かべた。明らかに無理をしている。

 そして魔王は隊長と王妃を枕元のすぐ近くに呼び寄せた。


「いうまでもないことだが……」

「敵が勇者と魔大公を奪還しに来るだろうから、気をつけろですね?」

「付近には聖教会の手の者や魔大公の配下がいるはずだ」

「わかりました。全力で見つけだし捕縛、無理ならば殺害します」


 隊長の言葉に魔王は首を振る。


「その必要はない。特に聖教会の聖人には手を出してはならぬ」

「御意」


 聖教会のごく一部の聖職者が扱う奇跡。

 それは死んでさえいなければ、一瞬で傷を全て治すほどの威力がある。


 そして、奇跡を扱える聖職者は、聖人と呼ばれる高位聖職者だ。

 聖人を殺めれば、聖教会の聖戦発動を誘発しかねない。


「勇者ならともかく、現状で聖人に危害を加えるわけにはいかぬ」

「御意」


 勇者は魔王とララと戦い、瀕死になっている。

 最後、魔王に聖剣で刺されたせいで死ぬ可能性もかなり高い。


 だが、勇者は聖教会の最高戦力。

 勇者が魔王に敗れたなどと、聖教会は公にはできない。

 だが、戦闘職ではない聖人に危害を加えられれば、聖教会はすぐに公にするだろう。


「王都がこの状況では、聖教会と矛を構えるわけには行かぬからな」

「御意」

「それと、リカルドを呼びよせろ」

「ほかの魔大公ではなく、リカルド・ウォルフ公爵閣下をですか?」


 隊長は念を押すように聞き返した。

 リカルドとは、ララの十歳年上の兄である。

 今は魔法王国の辺境で領地開拓に精を出しているところだ。


「ああ。リカルドには王都の守護を担ってほしいのだ」

「御意。今すぐご連絡いたします」


 そういって隊長はすぐに連絡を始めた。

 隊長は護衛だけでなく、魔王の秘書的な役割も務めている。

 それゆえ各地の貴族への連絡手段を確保しているのだ。


「まだ敵が誰かわからぬ」


 まだ、どの魔大公が叛心を抱いているのか判明していない状況だ。

 だから魔王は魔大公ではなく、まだ公爵だが信頼できる息子を呼び寄せることにした。


 それを聞いていた王妃が言う。


「あなた……。自分で指揮を執るのは難しいの?」

「……ララには言うなよ?」

「それは言わないけど……」

「聖剣と呼ばれているが、あれは呪いの剣だ。傷が癒えそうもない」


 錬金術師たちは懸命に治療を続けているが、魔王の血はまだ止まっていない。

 糸で傷口を縫って薬を塗っても、血が止まらない。じわじわと流れ続けていた。

 血を失いすぎているため、どんどん顔色が悪くなっていく。


 あまりの痛みと消耗で全身を汗でぐしゃぐしゃにしながら、魔王は懸命に語る。


「わかったわ。あなたは安心して休んで。復興の指揮は私がやっておくわね」

「……頼む。だがリカルドを呼ぶのは……」

「護衛のための戦力ってことね?」

「そういうことだ。今回のことで護衛の大切さを思い知った」


 それを聞いて隊長がうなずいた。


「陛下。これからは最低限の護衛はどのような時もつけるようにしてください」

「……そうだな。すまない。俺は慢心していた」


 勇者と魔大公の襲撃時、魔王は護衛の全員を民の救援活動に回した。

 それも、隊長の反対を押し切ってだ。


 そのせいで、大ごとになったというのは事実。

 だから魔王は反省していた。


「ララの強さについては……、周囲には秘しておけ」

 ララは五歳なのに強すぎた。

 魔王との戦いで疲弊していたとはいえ、勇者と魔大公を圧倒したのだ。


「聖教会に知られるのもまずい。我が国の魔大公連中に知られても火種になりうる」

「わかったわ」

「心得ました」


 そこまで言うと魔王が大きく息を吐いた。

 同時に口から血がこぼれた。もう顔は土気色だ。


「……そろそろ限界だ。事後は全て任せる」

「うん。わかっているわ」

「……すまない。苦労をかける」


 魔王は心底辛そうに、だが、無理をしてにこりと笑う。

 そして、懐から代々の魔王に伝わる玉璽を取り出して王妃に渡した。


「これを預ける」

「確かに預かりました」

「うむ」


 続けて魔王杖まおうじょうを取り出すと両手で握る。

 そのまま、小さな声で素早く呪文を詠唱しはじめた。


 徐々に魔王の全身が輝きだす。その光はどんどん強くなっていった。

 目を開けられないほどまぶしくなったあと、突然光が消える。


「なんとか……。成功したか……」

 魔王が寝ていた場所には、魔王杖が転がっている。

 その隣に三歳ぐらいの幼児がいた。

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