第4話 ララと勇者

 ララは倒れた勇者に対して追撃をかける。

 勇者目掛けて、上から拳を振りぬいた。


「ひぃっ」

 這って転がるように勇者は逃れる。


 その直後、

 ――ドォオオオン

 勇者がいた場所の地面が大きな音とともに砕け散る。

 見事なクレーターが出来ていた。


「調子にのるな! ガキが!」


 倒れたままの魔大公がララに向けて氷魔法を放つ。

 魔大公は魔王との戦いで、魔力をほとんど消費している。

 だから、大魔法ではない。

 その分、発動までの時間が短くよけにくい。


 ララは、魔大公が魔法を発動した瞬間、キッと睨んだ。

 そして、自分に向けて撃たれた魔法を、まるで存在しないかのように突っ込んでいく。


 ララの小さな身体に、鋭くとがった氷のつぶてがぶち当たる。


 ――ガガガガガ

 ララの皮膚が裂けて、身体から血が流れる。

 かすり傷に過ぎないとはいえ、ララはまったく表情を変えない。

 五歳の幼女が、血を流しながら表情を変えずにまっすぐに突っ込んでくる姿は異様だ。


「ひっ」


 魔大公は、ララを見て怯える。

 そんな魔大公の腹をララは殴りつけた。


「ぐぼあ……」

 魔大公は血を吐きながら吹き飛んでいく。


 だがララは飛んでいく魔大公より速く動く。

 魔大公が地面にぶつかりそうになったところで、ララは追いついた。

 ララの小さな左手が、魔大公の首を掴む。


「ごぶぅ」

 血と唾の混じった液体を口からあふれ出した魔大公を、掴んでぶん投げた。

 ララが魔大公を投げた先には勇者がいる。


 立ち上がりかけていた勇者に高速で飛んだ魔大公がぶち当たる。

 そこにララが魔法を撃ち込む。


 魔大公と勇者。二人の少し上。空中からバシッと音がした。

 直後、

 ――ドオオオオオン

 巨大な音とともに、雷が落ちる。空気が震えた。


 勇者も魔大公も金属製の鎧を付けている。

 それゆえ体表を雷が流れたおかげで、致命傷にはならなかった。


 それでも意識を失い、魔大公と勇者はゆっくりと倒れこむ。

 ララはさらに追撃の構えを見せた。


 そんなララの肩を、

「ララ。そのぐらいにしておきなさいな」

 いつの間にかやってきていた、ララの母、王妃が捕まえる。


「でも、あいつはとうさまを……」

「いい子だから、それは大人に任せておきなさい」

「……はい」


 大人しくなったララを王妃は優しく抱きしめた。


「こんなに傷だらけになって……」

「だいじょうぶ! ぜんぜん痛くないよ!」

「そんなわけないでしょう」

 そういって、王妃はララの頭を撫でる。


「えへへ」


 母に撫でられて、緊張の解けたララは笑った。

 ララは興奮状態だった。だから痛みを感じていなかったのだ。

 緊張が解けて興奮状態がおさまれば、当然痛くなる。


「早く治療しないといけないわね」


 そんな母子の様子を見て、隙だと思ったのだろう。

 勇者がこっそりと、そして素早く動いて背後を狙う。


 そして勇者が母子ごと、剣で斬りすてようとしたところで、

「先に俺を狙うべきだろう?」

「ぐぼぅ……」

 勇者の胸から、聖剣の先が突き出た。


「お返ししよう。お前の剣だろう?」

 魔王が、勇者を背後から聖剣で貫いていた。

 勇者はごふっと口から血を吐いて、地面に倒れ伏す。


 魔王の後ろから、一人の男が慌てた様子で走ってくる。


「陛下! 重傷なんですから、動かないでください!」


 それは魔王直属の特殊部隊の隊長の一人だった。

 その役割は王族の護衛、諜報活動である。

 その中でも、王族の護衛を主な任務とする隊長だ。

 影を担うことが多い特殊部隊だが、護衛隊長は近衛騎士団長という役職を持っている。

 いわば、特殊部隊の表の顔だ。


 ちなみに特殊部隊の諜報活動は他国に対するものだけではない。

 叛心を抱いた貴族の情報収集も含まれている。

 つまりは今回の魔大公の謀反は完全に諜報部隊の失態ではあった。


 この場にいる特殊部隊の者たち、表向きには近衛騎士たちは諜報担当の部署ではない。

 とはいえ、大きなくくりで言えば、同じ組織である。


 少しでも同僚の失態を取り戻そうというのか、全員の動きがいい。

 隊長の部下たちが、テキパキと魔大公と勇者を拘束していった。


「ああ、すまない」

 謝る魔王のもとに宮廷錬金術師が駆け付けて治療を施していく。


「謀反人と暗殺者は我々が処置しておきますから」

「ん。頼む。それとララの……」

「わかっております。ララさまの治療ですね。薬師頼む」


 もう一人の宮廷錬金術師がララのもとへと駆け付ける。


「ララさま、怪我を見せてくださいね」

「はい。でも、たいしたお怪我じゃないよ? とうさまのほうが」

「俺は大丈夫だ。薬のおかげで、もう傷もふさがった」

「すごい!」


 魔王は、傷が全くふさがっていないのにそんなことを言う。

 ララを安心させるためだ。

 そして、魔王は薬師に目配せした。


「ララさま、あちらに参りましょう」

 魔王の意を汲んで、薬師はララを連れて移動を始める。


「ララをお願いね」

 王妃はこの場に残るようだ。


「お任せください」

 王妃にお願いされた錬金術師は丁寧に頭を下げた。


「ララ。薬師先生の言うことをよく聞きなさい」

 魔王もララに言い聞かせる。


「うん。わかった!」

 そして、ララは薬師によって、非常時用救護テントへと連れられていった。


 ララが見えなくなるまで、魔王も王妃も特殊部隊の隊長も黙っていた。


「……ララはもう行ったか?」

「はい、あなた」


 王妃の言葉を聞いて、魔王がガクっと倒れかける。

「つぅ……」

 そんな魔王を王妃が支えた。


「本当に無理してはだめよ?」

「これ以上、ララに心配をかけたくない」

「気持ちはわかりますけど……」

「陛下。こちらへ」


 隊長に案内されて、魔王と王妃はララとは別のテントへと向かう。

 ララのテントとは違い、重傷者への処置を行える設備が整っているテントだ。


 ゆっくりと移動しながら魔王は言う。


「なぜララを連れて来た?」

「申し訳ございません」


 隊長は謝った。

 そんな隊長に向けて魔王は笑顔で言う。


「おかげで俺は死なずに済んだ。それゆえ叱るに叱れないが……」

「ララさまの身の安全の確保に落ち度があったのは事実です」

「……叱るわけではなく、単に理由を知りたいだけなのだが、なぜララが来たのだ?」


 魔王が問いただすと、隊長の代わりに王妃はゆっくりと語り始めた。

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