第18話 ララとエラ・シュリク

 高名な錬金術師、エラ・シュリクの家は、それなりに大きいがとてもボロボロだった。

 周囲の家は小ぎれいなので、余計ぼろさが際立っている。


「ボロボロでしょう?」

「そうだね」

「錬金術って儲からないみたい」

「へー。意外かも」


 魔王の国では、錬金術師は薬師として生計を立てている。

 魔王の国は、魔法技術が他国と比べてはるかに進んでいる。

 そんな魔王の国でも治癒を魔法では行えないために錬金術師には需要があるのだ。


「ガローネの人たちは、怪我したり病気になったときどうするの?」

「ええっと……」

「神の奇跡?」

「神の奇跡は扱える人が少なすぎるから……」


 高名な聖職者が扱う神の奇跡による回復は絶大な威力だ。

 神に愛されし聖者による奇跡ならば死んでさえいなければ助かるとすら言われている。


 だが、神から奇跡を授かる聖職者は本当に少ない。

 そのうえ、奇跡を行使する際の消耗が激しすぎるのだ。

 奇跡を扱える聖職者でも数日に一度行使できるかどうかである。


「ガローネでもそうなんだね……」


 奇跡を扱える聖職者が沢山いれば、みんな助かる。

 だがそうはいかない。

 だからこそ、錬金術師が必要なのだ。

 ちなみに魔法王国は聖教会と仲が悪いので、奇跡を扱える聖職者は一人もいない。


「でも、それなら、もっと家が立派でもおかしくないと思うけど……」

「それにもいろいろあってね……」


 イルファが説明を開始しようとしたとき、エラの家から声がした。


「いつまで家の前で無駄話をしておるのじゃ!」

「あ、ごめんなさい。聞こえてたかしら?」

「聞こえとるわ! 用があるならさっさと入ってこぬか!」

「はーい」


 家がぼろいので、隙間風とともに音も届くのだろう。

 イルファはニコッと笑って、ララを見る。


「怒られちゃった。入ろうっか」

「うん!」

「りゃあ!」


 ララとケロはイルファと一緒にエラの家の中へと入った。


 家の中には、メガネをかけた二十代半ばに見える美女がいた。

 服装は粗末で、ところどころ穴が開いている。

 だが、黒い髪の毛は腰の長さまである。サラサラで綺麗だ。

 髪の毛のおかげか、服がボロボロでも清潔感がある。


「イルファよ。持ってきてくれたか?」

「はい。エラさま。これよ」

「すまぬな。助かるのじゃ」

「いえいえ。いつでも頼ってくれていいわよ」


 そして、エラはララと肩の上のケロを見る。


「で、そなたは何者じゃ?」

「はい! ララと言います!」

「どこから来たのじゃ?」

「えっと、魔法王国から」

「えぇっ!」


 魔王の国、魔法王国と聞いて、イルファが興奮し始める。


「ララって、魔法王国出身だったの?」

「そうだよ。魔法王国を知ってるの?」

「もちろん! ものすごく強い魔導師が沢山いるのよね?」

「うん。そういわれてるけど、普通だよ?」

「もっと、魔法王国のこと聞かせてほしいわ!」


 魔導師のイルファは魔法の盛んな魔法王国に興味があるようだった。

 一気にテンションが上がっている。

 

 一方、エラは腕を組んでララをじっと見た。

「イルファ。魔法王国の話は後にするがよい」

「はい、そうね、邪魔してごめんなさい」


 そしてエラはララをじっと見る。


「随分と遠いところからやって来たのじゃな。で、ララとやら。何か用か?」

「えっと、この街で錬金術師をしながら、図書館で秘伝書を探そうと思って」

「なんじゃと?」


 エラは眉毛をピクリと動かした。

 イルファもまさかララが錬金術師志望だとは思わなかったのか驚いている。


「魔法王国の宮廷錬金術師さんが紹介状を書いてくれて、エラさんを頼りなさいって……」

「ふむ? とりあえずその紹介状とやらを見せるがよい」

「はい! これが、その紹介状です」


 ララは笑顔で元気に紹介状を差し出す。

 エラは紹介状を受け取ると、じっと見つめる。

 それからララの顔をちらりと見て、再び紹介状を見つめて、封を開いた。


 紹介状を読みながら、エラが言う。


「確かに兄弟子の字じゃ。しかも世話して欲しいと書いておる」

「はい! よろしくお願いします」

「ララとやら。我が兄弟子とどういう関係なのじゃ?」

「錬金術について色々教えてもらったりしました」

「ふうむ。兄弟子の弟子か」


 疑いの目でエラはララを見つめている。

 自分の弟子ならば、しっかりと最後まで面倒見るべきなのだ。

 遠く離れたこちらによこす理由がわからない。


 エラは紹介状をもう一度最初から読んだ。

 それから、再びララを睨むように見る。


「して、なぜこちらに来たのじゃ?」

「えっと、ガローネには図書館があるでしょう?」

「あるが」

「そこにあるという錬金術の秘儀書を読みたくて」

「……ふむ」


 エラは少し考える。


「ララとやら。そなた魔法は使えるのか?」

「まあ、それなりには……」

「魔導師なら、こちらで冒険者でもやったほうが錬金術をやるよりかせげると思うぞ?」

「お金は別にいいかな」

「お金を考えずとも、魔法王国の魔導師ならば、あらゆる面で活躍できるぞ」


 そのぐらい魔法王国とほかの国では魔法の水準が違うのだ。


「いえ、私は錬金術を極めたいの」

「ふむ? 魔法の下位互換と言われる錬金術をねぇ……」

 エラが自嘲気味にそう言うと、ララは身を乗り出した。


「錬金術は魔法の下位互換なんかじゃないよ!」

「お、おう?」

 エラが少し引くぐらい、ララは錬金術の凄さを熱く語る。


「魔法では傷ついた人を癒せないから」

「癒しの技なら、神の奇跡があるじゃろう」

「確かに奇跡は凄いけど、扱える人が少なすぎるから」

「それはそうだが……。錬金術は効果がいまいちと評判じゃ」

「そんなことないよ!」

「りゃっりゃっ!」

 ケロが鳴きながら羽をパタパタさせる。少しだけ宙に浮いた。


「そう、ケロちゃんの大怪我も錬金術の薬で治ったんだから」

「りゃっりゃああ!」

「錬金術の薬が無かったら、大怪我を負っていたケロちゃんは助からなかったかも」

「りゃうりゃう!」


 ケロは懸命に羽をバタバタさせていた。

 自分が元気になったことをアピールしているのだろう。


「……ほう。その薬はどこで誰から買ったものなのかや?」


 エラは凄腕の錬金術師のほとんどの名前を知っている。

 大怪我を治癒するほどのヒールポーションを作ったのが誰か気になったのだ。


 ララの肩に乗っているのはドラゴンだ。

 つまりララは凄腕のテイマーと言うこと。お金もたくさん持っているのかもしれない。

 お金は別にいいと言ったのも納得できる。


 高価な錬金薬ぐらい買えても不思議ではない。

 わからないのは優秀なテイマーが錬金術師を極めたいとか言っている点だ。

 そんなことを考えているエラに向かってララが言う。


「そのヒールポーションは、私が自分で作ったやつだよ!」

「りゃっりゃ!」

「ん? ……そうか」


 一瞬、エラは嘘かと思った。だが、ララの綺麗な目を見て本当だと思いなおす。

 自分で作ったのは本当だが、大怪我と言うのが大げさだったのだと、エラは判断した。

 どうせかすり傷程度だったに違いない。

 かすり傷でも獣の類は痛がるので、大怪我だと勘違いしたのだろう。


 それでもヒールポーションを自作できるということは基礎は身に着けているということ。

 その若さで自作できるなら将来有望だ。


「ララとやら。そなたの意思と実力はわかった。だがわらわには何もできぬ」

「えっ! そんな!」

「意地悪で言うておるのではない。実は兄弟子がそなたに紹介したのはわらわではないのじゃ」

「え? エラさんが、エラ・シュリクさんではないの?」

「わらわは二代目のエラ・シュリクなのじゃ」


 エラ・シュリクというのは屋号のようなもの。

 代々名を継いでいくようだ。

 そして宮廷錬金術師の師匠は先代の初代エラ・シュリクなのだという。


「兄弟子は長い間、ガローネに帰郷しておらぬから代替わりを知らぬのじゃ」

「先代のエラさんはどこにいるの?」

「わらわにエラ・シュリクの名を継がせて、どっかに行ってしまった」

「あとを継いだということは、エラさんも凄腕なんでしょう?」


 エラは苦笑して首を振る。

「わらわは未熟者。なぜ先代が名を継がせたのかもわからぬ」

 そういって、エラは遠い目をする。


「先代も錬金術に限界を感じて、引退したくなったのかもしれぬな」

 そう言ったエラ自身も錬金術に限界を感じているのかもしれなかった。


「ともかく、今のわらわには他人に割く時間はないのじゃ。他を当たるがよい」


 そういって、エラはじろりとララを睨みつけた。

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