第10話 ララと剣聖

「一騎討ちは我輩も望むところ。感謝する」


 いくら剣聖といえども城に乗り込めば、無事では済まない。

 魔王にたどり着く前に力尽きる可能性も高いだろう。


 物理法則に縛られない魔法。それを扱う魔導師は圧倒的に強い。

 剣聖をもってしても熟練の魔導師は油断できない相手だ。


 それほど強い魔導師たちの頂点に立つ魔王。

 その本拠地である魔王城は崩壊した今でも周囲には強大な魔導師が集っている。

 魔王がその気になれば強大な配下を動員することができるだろう。

 そうなれば、さしもの剣聖であってもなぶり殺しは免れない。


「魔王との一騎打ちにて死ぬるならば悔いはなし。いざ尋常に……」


 ここ十年剣聖は歯ごたえのある敵に出会うことが出来なかった。

 剣聖は強者との戦いに飢えていた。それが聖教会の依頼を受けた理由でもある。


「この強者と対峙したときの震える感覚。何十年ぶりか……」


 剣聖の背中にじっとりした汗が流れる。

 だが、ララは無造作に歩みを進めた。まるで剣聖などいないかのように。

 その姿は「見ずに見て、聞かずに聞き、動かずに動いている」ように見えた。


 ララが見ていたのは背後のロック鳥。剣聖は目に入っているが気に留めていない。

 ロック鳥の動きを知るため耳で音を拾ってはいるが、剣聖の声は聞いていない。

 警戒心の強いロック鳥に気づかれないよう周囲に同化してぬるりと動く。


 そのままララと剣聖の間合いが縮まる。

 ララは無造作に、剣聖の必殺の間合いにするっと入る。


「っ!」


 ララのあまりの自然な動きに、剣聖は抜剣すらできなかった。

 必殺の間合い。それは何もしなければ、すなわち必死の間合いとなる。


 剣聖は死を覚悟した。

 だが、ララは剣聖の右横を素通りし、ロック鳥を狙える位置に向かう。

 その際にララの肩が剣聖の脇腹に触れた。

 その瞬間、剣聖は斬られたと錯覚した。

 わき腹から命がこぼれだしているかのように感じさせられた。


 だが、ララはそのまま剣聖へ背を向け歩いていく。


 ララの視線が自分から外れたことで、剣聖はやっと動けるようになった。

 剣聖は無我夢中で気合の咆哮を上げながら、

「ぬああああ」

 ララの背を目掛けて魔剣を抜いて斬りかかり――。


「あっ」

 ララが初めて大きな声を出した。


「もう! おじさん、大声出すから、また鳥が逃げちゃったじゃない!」

 剣聖の気合の咆哮が響き渡ったことでロック鳥は再び大空へと飛び去った。


「ひどいよ!」

 剣聖の全身全霊を込めた魔剣の一撃はララの左手に止められていた。


「ぐう……」

 剣聖の全力を出している。だがララの左手に掴まれた魔剣はびくともしない。

 またしても剣聖は死を意識させられる。全身から脂汗が噴き出した。


 だが、何事もなかったかのように、ララは魔剣から手を放す。


「ぬおおおおお」

 剣聖は全力でララに斬りかかる。

 神速と謳われた連撃。数多の魔獣を倒してきた斬撃だ。


「チャンバラごっこしたいの? それなら最初からそう言ってくれればいいのに」

 ロック鳥が逃げてしまったので、ララはおじさんと遊ぶことにした。


 ララは楽しそうに、剣聖の斬撃を紙一重でかわしていく。


 剣聖は剣を振り回しながら、自分が何と戦っているのか、わからなくなってきていた。

 目の前の幼女の姿をした者は本当に実在しているのだろうか。

 幻なのではないか?

 その雑念を振り払うため、剣聖は奥義を放つ。


「奥義! 大地斬!」

 大地ごと切断するという奥義。ドラゴンすら一撃で屠った斬撃だ。


「もう、おじさんやりすぎたら怒られるよ?」

 またしても魔剣はララの右手に止められた。


「ララが止めなかったら地面がえぐれて、かあさまに怒られてたところだよ!」


 ――パキン

 その時、魔剣が砕け散った。剣聖の剣技とララの魔力に堪えられなかったのだ。

 剣が砕けたのと同時に剣聖の心も砕けた。


「……我輩の負けだ」

「やったー。ララの勝ちー」

 ララは素直にぴょんぴょん飛んで喜ぶ。


「魔王には勝てぬかもしれないとは思っていた」

「そうなんだ」

「だが、これほどまで差があるとは思わなんだ」

「ふーん? おじさんもチャンバラごっこ上手いと思うけど」

「……バッサリとやってくれ」

「なんのこと?」

「負けた者が命を取られるのは当然だ。殺すがよい」

「おじさん、そんなこと言ったらだめだよ!」


 ララは真剣な表情で語り始める。

 相撲で負けたカブトムシを殺した悪ガキがこっぴどく叱られていた。

 ララも死んじゃったカブトムシを見て、ものすごく悲しくなった。


「カブトムシだって頑張っているんだよ?」

「お、おう?」

「それなのに、負けたら死んで当然とかそういうことを言ったらだめだよ」


 剣聖は少し考える。

 そして魔王がたとえ話をしてくれたのだと理解した。

 幼女の姿をしているから、たとえ話もそれに合わせてくれたのだろう。


「……そうか」

「うん、そうだよ」


 剣聖はしばらく考えた後、口を開いた。

「魔王よ」

「ララはララだよ? 魔王はとうさまのことだよ?」

「……なんだと?」

「だから、魔王? って呼ばれてるのはとうさまだよ?」

 ララが嘘をついていないと剣聖は感じた。


「……ララ殿」

「どうしたの?」

「年齢を聞いてもよいか?」

「ララは、このまえ六歳になったんだよ!」


 剣聖は呆然とする。

 魔王に敗れるならまだしも、六歳児に負けるとは。

 どこまで自分は未熟なのか。


「六歳がこれほどまで強いとは。魔法王国は恐ろしい国だ」

「そんな怖い国じゃないよ?」

「……世界は広いのだな」


 剣聖は知らない。

 ララが六歳にして魔王の国でも五本の指に入る魔導師であることを。

 魔王の国の魔導師も、平均的には他国の魔導士の三割増しぐらいの強さでしかない。

 ララが異常なだけだ。


「ララ殿に見逃してもらった命。大切にしよう」

「命は大切だよね。やっぱり」

「ララ殿。なんでも願いがあれば言ってくれ。我輩にできることであれば叶えよう」

「そっかー、ありがとう。じゃあ、おじさん。鳥を捕まえるの手伝って」

「わ、わかった」


 ララは剣聖を連れて、ロック鳥の捕獲に熱中した。

 魔王城の裏山は、裏山と言っても広大で森が深く標高も高い。

 だが、ララにとっては庭のようなもの。

 その山奥へとララは慣れた足取りで入っていった。


 楽しくロック鳥を捕獲している間に太陽がだいぶ西に傾いた。


「そろそろ帰ろうね。日没までに帰らないとものすごく怒られるんだ」

「そうか、六歳なら当然だな」

「おじさん、ありがとね!」

「ララ殿。今日は我輩も自分の未熟さを思い知らされた。ありがとう」

「おじさん。とりあえずおうちにおいでよ。鳥肉を食べて行って!」

「それはありがたい」


 ララは剣聖を連れて、王都に戻る。

 ララの捕まえたロック鳥は巨大なので、王宮のみんなで分けて食べるのだ。

 剣聖もその列に混じって、お腹いっぱいロック鳥を食べたのだった。

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