三章 トンボ草とエピローグ 1
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今の生活は、ロンデニオンの駐屯地に所属していた頃とは大きく異なります。
永遠に続くかのような安穏として変化に乏しい日常が、今では懐かしい。
それでも今の生活は、困ったことに、以前と比べて遥かに充実しているのです。
しかし、新たな日常、新たな職務に従事する上で、新たな問題点も噴出しました。
それはこの数週間で嫌というほど味わったもので、大佐が言うところの『スリル』であり、私にとっての『生命の危機』です。
どういうわけか、中央連隊に所属し、歴とした軍人をしていた頃よりも、私は命の危険に曝されているのでした。
頭の足りない怪盗団の事件に巻き込まれては死にかけ、昔思いを寄せていた恩師と再会したかと思えば死にかけ。それも私個人の生命の危機ではなく、やたらとスケールの大きな事件に巻き込まれることが頻発し、これらの騒動の中で痛感したのです。
ルイズ・エリオット・フォン・ピルメル・プルームプルハット——軟弱説です。
まあそれは追々考えるとして、改めて、私は二度の大きな事件に遭遇しました。
そのどちらもが、創造器が起因となった例であることは言うまでもありません。
これは本当に偶然なでしょうか。
私はそうは思っていません。
以前にも感じたことですが、わたくしことルイズという非凡なる星の下に生まれた宿命——この説を私は大いに推しています。
転属の件も、大佐の部下になったことも、二つの事件も、すべてが大いなる力によって差配されたルイズへの試練。そしてその試練はまだ終わってはいない——。
その訳というのも、事件に進展があったのです。
怪盗オマールが偽創造器の入手先を自白したのです。
ロンデ二オンより西にある『プラムターナ』という田舎町の街道で入手した——。
そうケンジット警部からの情報提供があり、私たちはこれまでのように闇雲に動くのではなく、初めて行動の指針が定まり、仕事らしい仕事に取り掛かろうとしていました。
余談ですが、数日前に怪盗団一味はまるっと脱獄して絶賛世間を騒がせています。
驚きはしながらも、彼らの実力を肌身で感じた以上、想定される結果ではあります。
もう私たちには関係ありませんが、警察の頑張りに期待するところです。
そして『ドナルドカンパニー』は本来の職務である創造器の調査に向けて、準備をしている最中だったのですが、
「ウチは大佐のこと大好きですニャ」
私は帳簿をつける手が止まりました。
次の仕事へ向け、買い出しに出ていたケメットは帰宅するや、バスケットに山盛りの花を抱えながらそんなことを嘯いたのです。
私は視線だけを向けて事の趨勢を見守ることに徹し、その言動を分析します。
これは所謂、愛の告白なのでしょうか。それとも、友好を示す類の表現なのか。
大佐とケメットの関係はと言えば、上官と部下、プライベートでは、主人と従者。
それに二人は女同士。まさかそんな——いえしかし、大佐は普段着に男物のスーツをお召しになられている。もしかして、そういう意図があってのことなのか。
頭の中でめくるめく想像を膨らませていると、ソファーで寛いでいた大佐は不思議な顔をしながら答えました。
「あらそう? あたしも大好きよケメット」
キャア————ッ! なんてこと! なんてこと! 白昼の只中で大胆な!
そう私は胸中で盛り上がっていると、大佐が二の句を継ぎました。
「それで……いくら欲しいの?」
「一〇〇〇万カークほど都合していただければ」
私は目を剥いて驚きました。
これがもし、世間の風評や上下の壁を乗り越えんとする、百合の花が咲き乱れそうな禁断の愛であったのなら、このルイズは何も言うことはなかったでしょう。陰ながら応援させていただきました。しかし——。
「だめ! だめですよ! 友人関係をお金でやり取りするなんて! 友達料を払ってまで友情だなんだと仰るおつもりなんですか!? 間違ってます!」
「なんの話ですのニャ」
「なに一人で興奮してるの」
「え? でもいま友達料の話を?」
「訳の分からないこと言わないで。んでケメット、そんな大金出せるわけないでしょう。いったい何に使う気なのよ?」
「お花を買いますのニャ」
相変わらず意味不明な上にちぐはぐなスケールで語られるケメットの話でしたが、此度のトラブルの種は、ここから芽吹いていくのでした。我々はどうにも、集中力に欠如した集団らしく、一つの物事に邁進することができない人たちらしいです。
汚職の魔術師とアルトロモンド おうみとんぼ @o-mitonbo
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