二章 異世界転生問題と教授のアルトロモンド 2




「ああ、やっぱ我が家は良いわね。打ちっ放しのコンクリの床とか冷たくって冷たくって。壁も剥き出しの煉瓦じゃない? 拘置所ってもっと温もりがあっても良いと思うわ。次はもっと暖かい所にして欲しいわよ」


 また塀の向こう側へ戻る気で居る大佐は、木目調の壁に頬擦りをしながらそんな戯れ言を口にします。


「馬鹿な事を言うのは止めてください! この一週間私がどれだけ苦労したかおわかりですか? 大佐の副官として部隊に配属されたのに、その直後に大佐はムショ送りになるし! 私は住むところが無くなって橋の下でずっと野宿してたんですよ!」


 暢気な大佐に文句を垂れると、彼女は口を尖らせて「悪かったわよ……」と仏頂面で答えました。


「だから奮発してあげたでしょう? 離れをタダで貸してあげるって。まあケメットへの連絡が遅くなっちゃったけど。結果オーライじゃん」


「何が結果オーライですか……もうッ」


「プリプリしないで」と彼女は私の頬を突くと、自宅の廊下を進みながら服を脱ぎ散らかして行く痴態を曝します。


なんてふしだらな! と声を上げようとする頃には、大佐は全裸になって浴室へと消えていきます。


いくら自宅で、女しか居ないからといって、少しは羞恥心を持つべきです。


「まったく、なんて人なの」


 床に散らかる衣服や下着を見下ろして毒気づき、リビングに顔を覗かせます。


 そこには忙しなく室内の掃除に勤しむ女給の姿がありました。


 ケメットです。


 彼女は陸軍の制服からお仕着せの制服に着替え、ハウスメイドとしてもこの家に仕えているらしいです。ただ、一般的な女給に見られるワンピースにエプロン姿ではなく、変形したタキシードに膨らんだショートパンツ、長い脚には縞模様のタイツと、サーカス小屋のピエロみたいな奇抜な格好です。


「忙しいニャ忙しいニャ」とケメットはモップを掛けながらハタキを振り回し、併設されたキッチンで料理の支度をするという荒技に出ています。


 キラキラと埃が舞う中で煮炊きするのは勘弁願いたいです。


 一難去ってまた一難。


 ここが私の、新しい職場です。




 大佐のご自宅は、首都ロンデニオンを見下ろす丘の上にある街道沿いの一軒家です。


 長閑な場所で、付近に民家は一軒もなく、少し離れた所に牧場と農家があるだけ。


 賢天の魔術師サージオの邸宅と言うことで、どんなものかと期待していたのですが、なんてことはない田舎にある少し大き目の民家でした。


 ただ敷地は広いもので、庭の外れには小ぶりな二階建ての離れが建っています。


 ゲストハウスらしいこの家を、大佐は私の寮としてあてがってくれました 家賃は無料、負担は水道、光熱費を賄うだけで、職場までの距離も徒歩三十秒という好物件。


 これで不満を言ったら罰が当たりそうですが、不満があるのはむしろ職場の方です。


 大佐の家――母屋のリビングが私の職場になるそうですが、この体でまともに仕事があるのかどうか……不満……というか、不安です。




「と、言うわけで――ここに『創造器調査事務所』の設立を宣言するわ!」




 バスローブ姿でそんな事を宣言されてやる気を一切感じません。


 大佐はテーブルに腰掛け、ケメットが用意した昼食の――何やら良く分からない赤々としたスープと、そこにある半透明な麺類をフォークに巻き付けて舌鼓を打ちます。


「設立宣言はいいんですけど、基本的には何をする会社なんですか?」


「んんっ!」と大佐はトッピングのスイカをフォークで突き刺し、私に差し向けました。


 食べて良いんでしょうか。パクリ。甘辛です。


「そうね、この会社は公益法人らしいんだけど、書類上に存在していただけで、特に活動していた実績は無いの。代表も架空の人物だし。だからそこに実態を持たせるの。社名にあるように、創造器を調査するわ。仕事は行政機関からの依頼が中心でね、文化庁とか文科省に仕事を回して貰えるようトロン将軍にお願いしておいた」


「なるほど、公益法人ですか」


 公益とあるように、社会の利益となる事業を担う会社ということです。


 創造器という神代の遺物が公共の利益と成り得るか――確かに、あのオマールが見せた強大な力は軍事力としての利用価値はありそうです。それに、オマールのような犯罪者にその力を使わせない為にも、行政が事前に確保しておく必要性はあることでしょう。


 その下請けを自分たちは受け持つ、ということ。


 まあ結局、オマールの創造器は偽物だったわけですが……


 大佐をこのポストにつけた軍部の思惑は、騒々しい女を遠ざけたいとか、面倒事を遠ざけたいとか、そう言う迷惑な人間を左遷する意味もあるでしょうが、アルトロモンド探索を連呼する大佐に辟易として折れた、というのが、ルイズの見立てです。


「社名は『ドナルドカンパニー』に決定したわ!」


 大佐はまた突拍子もなく宣言しました。


「何でも良いですけど、どっからその名前は持ってきたんですか?」


「大佐の本名がアリシア・ドナルドソンだからですニャ」 


 今日一番の衝撃です。民衆のカリスマである賢天の魔術師シンクレアは偽名だった!


「芸名みたいなものですかね」


「コメディアンですので、その認識で間違いないニャ」


「ケメット!」


 ハウスメイド伍長の茶々に怒った大佐は、彼女の耳を引っ張って言い争いから取っ組み合いを始めてしまいます。


 さて、喧しい女どもの騒音を遮断し、私はリビングのテーブルにノートを広げます。


 私の役目とは、この創造器調査事務所『ドナルドカンパニー』での事務方作業を求められているのです。しかし如何せん、人手は足りていません。


 経理の仕事だけで会社が回るとも思えず、そもそも会社運営に必要な運転資本金は有るんでしょうか? 


「とにかく細かい話はどうでも良いわ! 最重要目的はアルトロモンドを発見すること。その為にこの会社を利用すればいいの」


 はい、と大佐は見るからに怪しげな黒表紙のノートを寄越してきました。


 至極満面の笑み。死神のノートでしょうか。何をさせるつもりなんでしょう。


「裏帳簿に使って」


「使いません! 犯罪の片棒は担ぎませんよ!」


 真っ黒なノートを突き返し、持参したノートも閉じます。


 このルイズが来たからには、もう汚職などさせません。その為のお目付役なのですから。


「何にしても、仕事がなきゃ話になりませんよ。その……行政からの依頼とやらは来てないんですか?」


「あるわけないじゃない。頼んでおいたの昨日の今日だもの。役人の腰なんてね、そんなそんな軽くないんだから。道路の穴だって車が一回転しても動かないわ」


 まさかノープランなのでは。


 そんな嫌な不安が頭を過ぎりますが、大佐は「ふふふ」と例によって不敵な笑みをこぼします。


「創造器っていうのは、何もあの泥棒が使ったみたいに攻撃的な物ばかりじゃないの。そりゃあそうでしょう? 天地創造に用いられたと言われる神器なのよ? 破壊と創造は表裏一体、とか言ったって、破壊一辺倒じゃ出来るのは瓦礫の山ばかりよ」


「でもウチは本で読みました。この宇宙は凄まじい爆発によって誕生したのだと。破壊から創造が生まれるニャ」


「デマよデマ。ケメット、そんな与太話で話の腰を折らないで」


「で、つまりどういう事なんですか?」


「破壊的な作用をもたらす創造器であれば、結果は自ずと世間を賑わすでしょうよ。こちらから出向くまでもなく、行政が行動を起こすし、必要であればあたし達にも依頼が舞い込んでくる。だからあたし達はそれ以外に着目しなければならない」


 いつも行き当たりばったりな大佐にしては論理的で、私はふむふむと素直に頷きます。


「だからね、探すの!」


「何をです?」




「不思議を探すの!」




 また馬鹿なこと言い始めました。


 大佐はあろう事か、私たち三人という身近な所から、調査を始める気でいます。


「一人づつ不思議な事を挙げていきなさい」と教壇に立つ教師のように大佐は意見を募り始めたのです。


「何故――人は生まれました。どこへ行くのですニャ?」


「……違うの。ケメット、そうじゃないの」


「何故、宇宙はありますのニャ?」


「あのねケメット、不思議なこととは言ったけど、そう言う哲学的な話じゃなくって……」


 趣旨を理解していないケメットの謎かけ問答に、大佐は米神を押さえて一から説明し始めました。


 こんな事に何の意味があるのでしょう。


 そも、創造器とは、大佐ご自身が仰った通りのお宝なのです。


 一つ一つが歴史的資料であり神話。そして、神の時代を証明する物としての価値を秘めており、価格がつけられないほどの途方もない遺産なのです。


 そんなお宝が、その辺に転がっているとは到底思えません――と、私はふと、創造器とは別の件で、不思議体験を思い出してしまいました。


 これは大佐と初めて対面した日の朝にあった出来事です。


「そういえば、私、投身自殺者の幽霊を見ました」


 唐突に切り出したこの話に、大佐は動きを止めてこちらを見ました。


 そして真顔でこう言います。


「――怖い話は止めて」


「不思議な話をしろって言ったのは大佐じゃないですか!」


 早朝の道ばた、しかも都会のど真ん中で起こったこの心霊体験について話すと、最初は乗り気じゃなかった大佐も次第に思案気に眉を捻り、ふむ、と頷きます。


 こうして私たちは、不思議探しへと乗り出すことになったのです。


 ゴーストハントです。


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