第33話 8月12日AM(2)
「おお、これがへルシードの社長さん?」
「そ」
「で、何つくってる会社?」
「オナホール」
「え、なにそれ?」
「口で説明するより見た方が早い。これだ。あとは、コンドームとかローションとか媚薬とかそんな感じのものを主に販売している会社だな」
「瀧世、せめてオブラートに包め」
「十和、包んだって意味ないって、紗綾だって高校生だろ。こんなの聞いても何も、って、あ、わり」
紗綾の肩を引き寄せて画面を見せていてくれた瀧世が、その腕の中にいる少女の横顔をみて苦笑する。はあぁと顔を押さえて息を吐いた十和の仕草が示す通り、紗綾の顔は真っ赤に染まって口を閉ざしていた。
「だっ、だいじょうぶ。私も事件解決のために勉強する」
別にこういうものに興味がないわけではない。それなりに好奇心もあればどこかで知る機会もあっただろうと思う。けれど、密着した男子たちに囲まれながら見るそれらの使用方法動画は紗綾には衝撃的なものでしかなかった。
「勉強しなくていい」
十和が瀧世の腕の中の紗綾に顔を向ける。
ほぼ真横に位置する十和の視線に、紗綾は小さくゴメンと目線を下げた。
「男の子って大変なんだね」
「そりゃまあ、男かて色々あるわな。そういえばその会社出来立てのころ、発売してた媚薬でちょっとした問題になったことあったな」
「ああ、あれだろ。どっかの大学サークルで女子大生集団強姦に使われたとかって話な」
「せや。ジュースに混ぜて飲ませたらポーンって意識飛んで、ふわーってなるて、麻薬と違て合法の薬やから結構買うやつおったって話や」
「たしか、甘い。名前を甘い桃って書いてあまももやったような」
「へぇ、可愛い名前だね。あ、ねぇ、媚薬とかドラッグてきなものって可愛い名前を付けるのが流行ってるの?」
岩寿と瀧世のやり取りを聞いていた紗綾は、へぇっと率直な質問を口にしただけだったが、このときはまだ自分が何を口走っていたか、まったく気づいていなかった。
「シュガープラムも響きはすごく可愛いよね」
何気なく発した言葉が、何かに繋がることはよくある話で、現に紗綾以外の顔ぶれはその答えに気づいたように顔を見合わせて自分たちの発想が正しいのかどうか答え合わせをしているような雰囲気を醸し出している。
「男の子はそう思わないのかな。シュガープラムって、それこそ甘い桃みたいで可愛いよね」
しんと静まり返った室内に、同意を求めて顔をあげた紗綾の口元はひきつる。何か場違いなことでも言っただろうかと思ったが、発言をもう一度頭の中で繰り返して、紗綾はいま自分が何を口にしたのかを悟った。
「あーー」
母音だけを奏でるその叫びは、深夜の木造アパートに響き渡る。
「同じ会社ってこと?」
「もしくは類似商品か」
「密売ルートはもってそうやしな」
「ああ、あのおじきが金回りだしたのもそのあたりだ」
わいわいと事件に繋がるひとつの仮説にたどり着いた面々は、興奮と熱気を夏の夜ににじませていく。ただ一人、ダリルだけがその様子を見つめて、何色とも言いがたい青紫の瞳を灯していた。
「ダリル?」
パソコンに集まる三人の男子からはぐれて、紗綾はひとりダリルの元へと近付く。
「ん?」
優しい声をしているが、ダリルもこうしてみると人間となんら大差がないように思えた。
「具合悪いの?」
「ボクは死神だよ」
「死神は具合が悪くならないの?」
「まあ、そうとは言いきれないかな」
「なにそれ」
相変わらず曖昧な返答だと、紗綾は笑いながらダリルの横に腰かける。散らかった岩寿の部屋では、寝具の上しかその場所はなかったが、この場合は仕方がない。ぎしっと小さな音をたててスプリングが軽い軋みを叫んだ。
「キミはすごいね」
「え?」
気が抜けたのか、突然の睡魔が紗綾を襲う。眠るつもりで横に来たわけではないのに、欠伸が眠気を後押しするように紗綾はうとうととダリルにもたれかかる。
「なんだか眠くなってきた、ここで寝ていい?」
許可をもらわなくても多分寝てしまうだろう。
「うん、ボクの傍でずっとおやすみ」
ダリルの声が優しく耳に響くなか、何を喋っていただろうと考える間もなく、紗綾の意識は濁々とした世界へと引きずり込まれていった。
そのつぎの日から、紗綾たちは新たな切り口から情報集めと、シュガープラムによる被害減少のため密に連絡を取りながら過ごしてきたのだが、ついに確信をつかんだ八月十二日。季節がお盆を告げる暑い真昼時に決行の火蓋は切られた。
「紗綾に近付きすぎ」
すぐ間近に迫っていた白い怪物が十和の蹴りで吹き飛んでいく。
「ありがとう十和」
紗綾はお礼を口にする反面、今しがた飛ばされたその化け物を見て首をひねる。
「これまでの人たちと何か違う?」
腐敗臭ではなく、桃に似た甘い香り。
人を襲ってでなく、単独での発症。
「紗綾、危ない」
「あっありがとう瀧世」
「怪我はないか?」
「うん、瀧瀬のおかげで大丈夫」
「紗綾に近付きすぎ」
「ちょ、十和。危ねぇだろ、このバカ」
抱き寄せながら殴り付けるという超人技を繰り出した瀧世の腕の中で、紗綾は十和の攻撃がなぜか向かってくることに異議をたてる声を聞く。けれど意識は瀧世でも十和でもなく、地面に溶けて残る白い化け物たちに向いていた。
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