第12話 Date:4月20日(2)


悲鳴に似た紗綾の声は十和の片手で制される。

死神の鎌。その黒く大きな刃物は、壁を突き刺して十和の首元に添えられていた。


「へぇ、十和くん、意外と度胸あるんだね」


まるで壁をケーキのような柔らかいものと勘違いしているのか、呆気なく貫いた壁を突き抜けて戻ってきたその鎌は、瞬き一つしなかった十和の首にその刃先を添えるように止まっている。


「紗綾に変なものを見せるな」


イスを蹴り飛ばし、抱き着くように十和の無事を確認した紗綾が震えるようにその首を指でなぞっている。音もなく現れ、煙のように消えたその鎌は、初めからそこになかったようにどこかへと散ってしまった。

壁に穴も開いていない、十和の首に傷一つついていない。刹那の現象に時空のほうが切り取られてしまったのか、ざわざわと通常のざわめきを取り戻した店内は、異常な現象に気づきもしない。


「紗綾、俺は大丈夫だ」


よしよしと紗綾をなだめる十和を眺めながら、ダリルは紗綾が座ることを放棄した椅子に腰かける。ギュッと十和に抱き着く紗綾に何を思ったのか、にこりとまた胡散臭い笑顔をダリルは浮かべた。


「お前が死神だってことは受け入れてやるよ」

「え?」


この疑問は紗綾の声。見上げる瞳にうつる十和は、ふっと何とも言えない息を吐き出した。


「この超常現象を疑うより受け入れた方が話が早いだろう」

「さすが十和くん」

「ダリフォングラットとかいったな」

「長い名前だからダリルでいいよ」

「お前の目的はなんだ」


* * * * *


白い液体の中で溺れていく感覚は決して心地いいものではない。すさまじい異臭を放ちながら揺れ動き、飲まれていく感触は嫌悪以外の何物でもない。

それなのに、女は恍惚の顔を浮かべて快楽の奇声を放っていた。


「ぉッ…ぅあ…ァッむ…ぁ」


うつろな瞳は、下腹部に差し込まれた異物によって与えられる律動に合わせて視界を上下に映している。何度も痙攣を繰り返し、ビクビクと反応する全身で自分を犯す異物を抱きしめながら舌を出して感じていた。


「イグッ…ぁ…ぅいぐぅぅううぅ」


強い引きつけを起こしながらのけぞる女に、異臭を放つ生物の動きは容赦がない。衣服を噛みちぎり、現れた肌を白濁に濡れた手で撫でまわし、粘着質のある音を響かせて腰を振り続けている。


「イヤぁァアっぶ…ぉあ…ッぐ…ン」


ドクドクと大量に放出された体内の様子に泣き叫ぶ女の声が異物によって奪われる。体の中に納まりきらないのか、逆流する白い液体は女の膣から溢れ出してゴポゴポと卑猥な音を奏でていた。もう何度目の射精かはわからない。足の間に自分のものを突き刺した男は、足の間から零れる精液を手のひらですくって、自分自身に、そして女の体中になすりつける。


「だずげ…で…ッ…ぁ…ぁ」


突起物を悪戯に扱われ、内壁を突き上げられ、唇を奪われ、全身を愛撫される。どれ一つとして止まない快楽の連続に、女はあらゆる場所から液体を吹き出しながら感じていた。

時刻は昼間。場所は人気のない路地裏。

周囲は人が去った空き家と、随分前に営業が停止したであろう工場の残骸。訪れる者も行き交うものも何もなく、僅かに出来た掃きだめのような石造りの道の間で、女は男に担がれるようにして犯されていた。

いつからこうなったのかはわからない。果てる身体がのけぞって眺める空が青いのは、時間経過をはかるせめてもの救いかもしれない。


「ぁああ…ぁ…ぅあ…ッ」


逃げ出したいのに、向かい合わせで抱き合い、担がれるように抜き差しされる異物と重力に犯される。正体もわからない白い生物の首に手を回し、いつまで続くかわからない地獄を貪り合うようにその唇を無駄に求めていた。


「いぐイグッぁああイクいぐぅいくぅぅううぅ」


体の中が強い伸縮を繰り返す。全身の筋肉が体内に埋まる男の梁型を認識するように、何度射精しても衰えることの知らない強固な存在に女は恐怖を忘れ、喜びさえ感じていた。

男を知らないはずだったのに、もう元には戻れない。

足元に転がったテニスボール。テニスのラケットはガットが切れフレームが歪んで放置されているが、元はそのラケットが入っていたらしい鞄には箔銘大学と記されていた。


「ッ…ぅぐ…ァッあ…ぁ」


その残骸を捉えた視界が記憶を呼び起こさせる。女子大生になったばかりの少女はサークルに入ったこともあり、いつものようにテニス用具をもって学校へ向かっていた。ところが今日は学生証を家に忘れたことに途中で気づき、近くに借りていたマンションに取りに帰ろうと思いたった。別になくても困らない。

でも、通い始めたばかりの大学で不安要素はひとつでも少なくしておきたい。

特別な感情などどこにもなく、ただいつも通りにしようと行動した結果、少女は今の状態になっただけ。遅刻を回避して普段は通らない道を通り、近道だと信じた道で、運悪く前方からやってきた男に襲われた。叫び声をあげられないように首を片手で掴まれて、そのまま力だけで人気のない場所に引きずり込まれ犯された。途中テニスのラケットで殴った記憶はあるが、男は気にしないとでもいうように、少女の身体をいともたやすく支配下に置いた。


「…ぁも…出さな…で…ッ…ぁ…ぁ」


オカシイ。

現実的に考えて理解の出来ないことが自分の身に起こっている。実感は思考の許容範囲を超えて理性を奪い、快楽に身を投じるだけの傀儡になり下がる。早く終わってほしいと願いながら、死ぬまで終わらないだろう奇行に気が遠くなる。乱れた着衣の隙間に差し込まれた卑猥な男の陰部は、先ほどから衰えることなく白濁の液体を出し続けている。

何度も、何度も、何度も、何度も。

収まりきらなくなった体内から逆流し、赤く濁ったそれも白濁だけに塗り替わり、全身を異臭をまとう液体で包み込まれるまで、嵐のような波は終わらない。


「やッ…ぅイッ…ァッあ…ぁ」


ドロドロとした液体の中で窒息していく感覚を頭の隅でなぜか「キモチイイ」と叫びながら、少女は白い生物と化した男を強く抱きしめ、盛大に果てた。


そうして少女が息を止め、何も声を発しなくなってから数回の射精を終えたのち、萎えた男のモノがずるりと引き抜かれた。白い化け物は瞳の色をなくし、少女の遺体をその場に落とす。どさりと人気のない場所にそれは落ちたが、化け物は本懐を遂げたようにどこかへと立ち去ろうとしていた。

どこへ、などと意識はしていないだろう。人間ではない言葉を発しながら、人間ではない異臭をまといながら、白い斑点を道に残して、元は男だっただろう人の姿は大通りに出る間もなく溶けるように消えていく。

まるで蒸発したように、白い水たまりだけが不自然にそこにあるだけ。


「アリア・ルージュの姿は見えません」


つま先に当たったテニスボールがコロコロと転がり、液体になって消えた男が捨て去った白い物体にぶつかって止まる。黒いスーツ、黒い手袋、場違いなほど身なりを整えた青年がそれを見つけるなり、冷めた眼差しのまま、どこかに電話していた。


「白濁の少女を発見しました」


電話口の回答は聞き取れない。

仄暗い路地の合間で、異臭を放つ遺体がひとつ。思わず顔をそむけたくなるが、男はなんでもないという風にその遺体へと近づいていく。そのうち、溺死した少女の身体が不意にピクリと動き出す。その反応を目ざとくとらえた男は、ふっと口角をあげて電話越しの相手に告げた。


「どうやら当たりのようです」


その言葉通り、ビクビクと痙攣を起こし始めた少女の身体が数秒後にはピタリと止まり、その身体から大きな花が咲き始めていた。純白の花。黒いスーツの男はその花を手にとるなり、内ポケットから取り出したハサミでその花を切り取る。


「ヴァージンローズの回収に成功しました」


熱のない業務的な声が電話の相手に報告すると、花を切り取られた少女の身体がゴポリと音をたて、黒い種を産んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る