第19話「あなたと私と電気屋さん」


「うぅむ、ゴチャゴチャといろいろ書いてあってよくわからんな……わかるか姫さん?」

「……」


 同じようにして首をかしげる愛。二人して疑問符を浮かべているこの場所は……


「いきなりだったな、炊飯器壊れるの」


 家電売り場であった、昨夜、いつも通り米を炊いて寝ようとしたところ、うんともすんとも言わなくなってしまったのだ。


「まぁ二人分炊くのに少し小さかったからな、ちょうどいいっちゃちょうどいいんだが……」


 商品が陳列されている棚を見る。正直、どの炊飯器を買えばいいのか見当もつかん。


「炊飯器でパンが作れる? なんで……?」

「……」


 フルフルと首を振る愛。おじさんには理解を超えているぜ。トースター買えばいいやん……?


「駄目だ、埒があかん。店員呼ぶか」


 愛の方を見るとコクリと頷く。愛も家電に関してはあまり詳しくないようだ。


「すみません」


 近くを通りかかった店員に声をかける。


「はーい、いらっしゃいま――てなんや、あんさんたちかいな」

「うお」


 近くを通りかかった店員は、二十代前半の軽薄な糸目をしたバイト君だった。


「お前ここにも出没すんのか」

「熊みたいな言い方やめーや」


 嫌そうに言うバイト君。しかし優も言いたくなるものだ。この前は駅前でティッシュを配っているのを見たし、スーパーでレジをしていたのも見た。神出鬼没さで言ったら自分以上かもしれない。


「ほんで? 本日はどういった商品をお探しで?」


 さっさと終わらせようと思ったのか、バイト君は話を進めてくる。


「あぁ、炊飯器が壊れちまってな。正直どれ買えばいいのかわからん。なんかアドバイスくれ」

「なんか要望はあるんか?」

「二人分の米を炊ければそれでいい」

「……ほーん?」


 眉を上げて二人を見るバイト君。なるほどなぁ、と呟く。


「おっ、せや」


 頭の上に電球が見えるような感じでポンと手を打ったバイト君は、一つの炊飯器を指差した。


「これなんかおすすめやで。炊き上がるのが早いくせに、結構なツヤがでるんや。味に関しては申し分あらへんし、大きさも二人分ちょうどや」


 そう言って彼は愛だけに耳打ちをする。


「それになお嬢ちゃん。これめっちゃ売れてるんやで……ちょうどあんさんたちみたいな新婚さんによう売れるんやわぁ」

「っ」


 ポンと音を立てて赤くなる愛。


「ダンクシュート」

「おわあああああああ!?」


 何を言っているのかはわからなかったが、とりあえず気に入らなかったので近くの洗濯機にシュートした。


「大丈夫か姫さん? なにかセクハラされたか?」

「――」


 慌てて首を振る愛。そしておずおずとだが、しっかりと件の炊飯器を指差す。


「これにするのか?」

「……」


 コクコクと二度頷く。何を言われたのかわからないが、まぁ愛がそう言うならいいだろう。


「おい店員さん、いつまで遊んでる。これ買うぞ」

「あんさん過保護すぎん?」


 洗濯機から覗いてくるバイト君。いいんだよ、この子には。過保護くらいでちょうどいいくらいだ。それだけ心配だし大事なんだ。


「まぁえぇわ。お買い上げあざますー」


 ピラピラと商品カードを持ちながらレジの方に向かうバイト君について行く。


「姫さん、もう他に買うやつはないか?」

「……」


 うーん、と考え込む愛。そしてあっ、と何かに気づいたような動作をし、とあるコーナーを指差す。

 冷蔵庫が並んでいるコーナーだ。

 そういや冷蔵庫も二人分の食材で手狭に感じることが増えてきたなぁ。冷蔵庫も買うか?


「店員さん、やっぱ冷蔵庫も買うわ」

「お前らホンマは新婚やろ……」


 照れる愛を連れて冷蔵庫も少し大きめの物を買うことにした。そこそこの出費だが、まぁ金ならある。

 レジに行き、代金を支払った。


「ほい確かに。ほんじゃこれ回してや。5回な」

「お?」


 バイト君はレジの下からガラガラを取り出した。


「年末サービスや。一等以外はクソやけど、一等はなんと温泉旅行やで」

「え、マジで? すげぇ」


 抽選結果表を眺める。確かに一等以外はこれ売れ残りだろうなというのが丸わかりだったが、燦然と輝く温泉旅行の文字にはワクワクせざるを得ない。


「て、これ明日からじゃねぇか」

「そら、このサービス今日で終了やからな。それに余裕あるツアーなんてこの程度の店が組めるかいな」


 とんだ弾丸ツアーである。


「こりゃ当てるしかないな、姫さん」

「――」


 ふんす、とやる気を見せる愛。とはいえ、二人とも本当に当たるとは思っていない。雰囲気だけ楽しもうという感じだ。


「じゃあ一番手、行くぜ」


 チャンスは五回。二回優、三回愛という手順で回すことになった。


「おら!」


 ガラガラと回す。そして小さな穴から出てきた玉の色は……白。


「ほい、のりたまふりかけ」

「そこはティッシュじゃないのか……」


 その後も回したが、やはりふりかけだった。ムカついたのでその場でご飯を炊いて食った。


「美味い」

「こんなところでご飯食べだすのあんさんだけやで」


 信じられないものを見るような目で見てくる。ご期待に添えたようでなにより。


「んじゃ嬢ちゃん、回してみ?」

「――」


 愛は気合いを入れてガラガラを回す。一生懸命な様子でガラガラを回し、そうして出てきた玉の色は……金!


「お、金色っていいんじゃないのか?」

「ほい金箔入りふりかけ」

「お前ぶっ殺すよ?」


 表にも書いてあるやんけー!と言って優に首を絞められながら看板を指差すバイト君。確かに金色の玉は五等の金箔入りふりかけと書いてある。まぎらわしい……


「ちなみに一等は虹色や」

「ガチャかよ」

「ガチャやな」


 なんじゃそりゃとぶつぶつ言いながら優はご飯をよそう。ふりかけをかけて愛に渡すが、愛はさすがに遠慮した。


「よっしゃ姫さん、あと二回だ」

「……」


 愛はもう一度気合いを入れてガラガラを回す。出てきた玉の色は……緑色だった。


「ほいお茶漬け」


 お茶漬けの素が渡された。


「俺もうお腹いっぱいなんだけど?」

「ここで食えなんて言うとらんやろ……てお湯を沸かすなや!」


 ギャーギャー言い出す二人を尻目に、愛は早く済ませようともう一度回す。さすがに周囲の視線が痛くなってきた。


 そして小さな穴から出てきた玉の色は……


「うおまぶし!」

「え、マジ?」


 優とバイト君が手で目を覆う。

 出てきた玉の色は……まばゆく輝く虹色!!


 カランカランとバイト君が大きくベルを鳴らす。


「出ました一等賞~!!」

「――」


 目を大きく見開く愛。まさか本当に当たるとは思っていなかったので上手く反応できていない。


「ほい、おめでとさん」


 言ってバイト君は愛に一つの封筒を手渡した。表には大きく『祝』と書かれている。


「二泊三日の温泉旅行や。ちなみに二人分な。誰と行くかは、お嬢ちゃんが決めるんやで~?」

「――」


 誰と行くのか。

 愛は口元を封筒で隠し、赤くなりつつも優の方を見る。誰と行きたいのか、その視線がなによりも語っていた。


「え、マジ?」


 どうやらこの年越しは、自宅でのんびりではなく、温泉旅行で決まりらしい。


 え、マジ……?

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