第10話「あなたと私のクリスマス」
聖夜。
それは家族、または特別な関係の人々が互いを想いながら過ごす少し特別な夜。
新藤家においてもそれは例外でなく、ちょっぴり特別な夜が繰り広げられていた。
「ひゅー!姫さーん、かーわいいぜぇー!」
「~~っ」
真っ赤になってプルプル震えながら短いスカートを下に引っ張る愛。その姿は聖夜に相応しくサンタさんのコスプレであった。
一方、それを写真に撮りまくる優は全身を覆うモコモコとしたトナカイの着ぐるみだった。
なぜこんなことになっているのか……発端はもちろん優だ。
愛が優の部屋で彼の帰りを待っていると、唐突にシャンシャンと鈴の音が外から聞こえ始めてきた。
またなにか優が変なことをしているのかと思い玄関までいくと、ちょうどいろいろ荷物を持った優が部屋に入ってくるところだった。
――例のトナカイの着ぐるみで。
しかし愛も手慣れたもの。その程度では動揺もせず、『サンタさんではないのですね』と当然の疑問を問うたところ、トナカイの瞳が真っ赤に光ったのだ。
「お前がサンタになるんだよ!!」
あれよあれよという間にミニスカサンタの衣装を渡され寝室に閉じ込められた愛は、サンタにジョブチェンジするしか道は残されていなかった。
赤を基調とし白く縁取られたスタンダードなサンタ服。しかし肩部分はオフショルダーで瑞々しい肩は剥き出しとなり、スカート丈も短く、タイツを履いているとはいえかなり恥ずかしい代物であった。
サンタ帽子を目深に被り、スカートを押さえながら寝室から出た愛を見た瞬間、優のテンションは有頂天に達した。
聖夜に始まる愛ちゃんコスプレ撮影会。新藤家の夜は聖夜であってもテンションにおいては平常運転であった。
「さーて、料理並べちまおうぜ」
ふぅ~と額の汗を拭いやりきった顔をしながら、優はビニール袋からチキンやらケーキやらの入った箱を机の上に並べていく。愛はしばらく恨めしげに優を眺めていたが、ため息をつきそれを手伝う。
愛は手伝いながら、『この服は一体どうしたのか』と問いかける。
「これか? サンタ助けたときに貰った」
サンタを助けるとは。
愛はまた優の与太話が始まったとばかりに『またまた~』と手を振る。いやこれも本当だって。俺が中東の麻薬カルテル壊滅させたときの話する?
「それじゃ乾杯!」
料理を並べ終わり、お互いのグラスを鳴らす。乾杯といっても、どちらもオレンジジュースだ。愛は未成年であるから当然だが、優もまたオレンジジュースを飲む。
愛と出会ってから、酒に頼ることも少なくなってきた。愛と出会ったことによる変化は、こういったところにも表れていた。
それにあの日の失敗により愛を泣かせてしまったこともある。優はもはや、酒は飲むまいという勢いであった。
「ケーキ入刀~」
御札の貼ってある刀で入刀しようとしたら愛に怒られたので、仕方なく普通のキッチンナイフを使う。
ホール丸々ひとつ買った純白のケーキだ。それを贅沢に半分ずつ切り分ける。ちょっといい店で買った値の張る品である。
「どうだ姫さん、うまいか?」
その甲斐あってか、愛は幸せそうな笑顔を浮かべながらケーキを小さく切り分けて少しずつ食べている。
味の感想を聞くと、両手の指でハートマークを作って感想を伝えてきた。愛ができる感情表現の最上級だ。とても美味しいのが伝わってきたが、この世のすべてに感謝してそう。
部屋に飾りつけはしていないが、豪華な食事に着飾った二人は充分に特別な夜を過ごす。一月前からでは考えられない光景に二人は揃って苦笑を漏らした。
そうしていよいよプレゼント交換の時間がやって来た。
先鋒は愛。少し緊張した面持ちでこちらにシックな紙袋を渡してきた。
中身を漁ると、手のひらサイズの小箱。開けていいかと目で聞くと、愛はこくりと頷いた。小箱から現れたのは――
「おっ、ネクタイピンか」
それは銀色に少し青みがかって輝くネクタイピンてあった。いつもスーツを着ている優に合わせ、普段使いのできる逸品だ。
喜ぶ優に安堵する愛だが、まだその様子はそわそわと落ち着かない。実はそのネクタイピンにはまだ秘密があった。
「ん?」
持ち手のガラス細工の部分になにか紋様が刻まれているのを発見した優。和柄っぽい紋様だ。葉っぱに……これは花? いや果実だろうか。
愛の顔がサッと赤くなる。
「この紋様どっかで……」
見たことがある気がする。主に田舎の方に営業に行ったときにこういった紋様をよく見る気が……
「あっ」
もしやと思いスマホで検索すると、思った通りの解答が表示された。
「これ、『橘』か」
そう、このネクタイピンに刻まれていたのは、橘の家紋であった。
赤くなって帽子を下に引っ張り顔を隠そうとする愛。いつも身に付けるネクタイピンに、自分の家紋を入れたものを贈るその真意。どうも彼女は独占欲も強いらしい。
優は愛のことをなんともいじらしく思い、優しく笑いかけた。
「ありがとう、愛。明日から毎日付けて仕事に行くわ」
そう言うとテレテレと上目遣いでこちらを見た後、愛ははにかんだように笑った。
「次は俺のターンな、ほれっ」
少し大きめに包装されたプレゼントを愛に渡す。
おっかなびっくり受けとる愛に「開けてみ」と促した。
丁寧に包装を開けていく愛。こういうところ性格に出るよなぁと優は反省した。優は結構豪快に開けるタイプだ。
「!」
愛の目が輝く。包みから出てきたのは、スケッチブック用の革製のブックカバーだ。肩から下げる用のベルトも付いている。
「いちいち鞄から出し入れするの手間そうに見えてな。まぁ少しかさばるかもしれんが……」
愛は首をフルフルと振り、早速自分のスケッチブックにカバーを取り付ける。
肩にかけ、どうですか似合いますか?と言わんばかりにその場で一回転。短いスカートがヒラリと揺れた。
「はは、いやサンタ服じゃ似合ってるかわからん」
誰が着せたんですかとじっとりとした視線を優に送る愛。その時――
キーンと甲高い金属音が鳴った。
ブックカバーから滑り落ちたなにかがある。
「!」
なんだろうとしゃがみこみ拾った愛は目を見開いた。それは銀色の輝きが眩しい、真新しい鍵だった。
パッと顔をあげて優の顔を見る愛。優は悪戯が成功した子どものように笑っていた。
「家族みたいなもんだろ? 自分の家の鍵くらい持ってないとな」
愛はその台詞を聞いた後、ぎゅっと胸に鍵を抱き、静かに目を閉じる。
気に入ってくれたようだ。以前、無断でこの部屋に入って申し訳なさそうにしていたのが気になっていたのだ。
そんな遠慮などする必要がない。いつでもここに来ていいという言葉に偽りはない。これがその証明だった。
「ほら、姫さん」
愛から鍵を一度受け取り、紐を通してから改めて愛の首にかけてあげた。
「――」
愛は感極まったように瞳を潤ませながら鍵を握る。
そしてにっこりとこちらに微笑みかけながら、真新しいブックカバーの取り付けられたスケッチブックをめくる。そこに綴られた言葉は勿論――
『メリークリスマス』
その文字を優が認識した時には、既に愛が腕の中にいた。言葉では表せない気持ちを、体温と共にこれでもかと伝えてきてくれる。
「メリークリスマス、愛」
優も負けじと愛を優しく抱き締め、髪をなでる。
この子の未来に、幸多からんことを祈って。
大切な人から大切な人へ。
心の篭った贈り物を。
少女はこの特別な夜、『家族』と『家族の待つ家』を取り戻したのだった。
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