第11話「あなたの呼び出し方」


 愛は優のスマホを目の前にして困っていた。

 

 いつも通りの新藤宅の夜。優は現在お風呂に入っておりここにはいない。

 そんなときに、優のスマホが着信を受け奮えだしたのだ。表示されるナンバーは会社のものだった。

 

 愛は悩む。なんとかお風呂に入っている彼に会社から着信が入っていると伝えたい。しかし、その方法が思い浮かばない。

 例えばお風呂場まで行ってドアをノックする。ここまではいい。しかし彼であれば間違いなくそのまま風呂から上がってその裸体を自分の前に晒すだろう。彼はそういうことを平気でする男である。

 これはいけない。自分の心臓が保たない。ハリセンの備蓄も保たない気がする。


 うーんうーんと悩む愛。そう悩む間にスマホの着信は消えてしまい、待ち受けが表示されるのみとなった。ちなみに待ち受けは自撮りしている調理中の愛だった。


「……」


 一体何を待ち受けにしているのか。少し恥ずかしくなったが、満更でもない愛であった。




「え、俺の呼び出し方?」


 こくりと頷く愛。

 風呂から上がると、愛は神妙な顔で優に相談を持ちかけた。ちなみに会社からの電話は明日の会議についての話で急を要するものではなかった。


「あー中距離的なねぇ」


 愛はこれまで近距離では袖を引いたり手を引いたりするボディタッチ。遠距離ではスマホによるメッセージで優を呼んでいた。

 しかし、その間。中距離では彼女が優を呼び出す手段を持っていなかった。声があれば呼びかけるだけだが、彼女にはそれがない。


「何かいいもんはあったかな」


 ガサゴソと棚を漁る優。要は愛が音を出して自分を呼び出せる手段を探せばいい。となれば何か道具を使った方が早いだろう。


「えー防犯ブザーに防犯ホイッスルにスタート用ピストルに……我ながらろくなもんがないな」


 これでは俺じゃなくお巡りさんが来てしまう。道具では音が大きすぎるな。


 愛の方を見る。なにか身体を使った自前のものの方がいいかもしれない。道具はなくす可能性もあるし、彼女は既にスケッチブックを所持しているため、かさばるのも負担になるだろう。


「そうだな、例えば手を叩くとか」


 試しに愛はパンパンと二度手を叩く。


「はっ、女王様。ここに」


 一瞬で執事服に着替えた優が彼女の傍に傅く。

 そんな優を見て愛は微妙な顔をしながらハリセンでペチペチと叩く。『却下で』と書いてある。

 えー、でもそういうところ素質あると思うんだけどな。


「じゃあやっぱ口笛とか?」


 優は少し低めの音を口から出す。あまり高い音でなければ周囲の人の注目も最低限で済むだろう。


「吹けるか?」


 愛は口笛を吹こうとして目を瞑り、その唇を細める。むっ、これは……


「パシャリ」

「!?」


 写真に収められたのは、目を瞑り、顎を少し上に上げて唇を突き出す愛の姿。やだこの子キスをねだっているわ……


「もぅまぢ無理……待ち受けにしょ……」

「~~!!」


 真っ赤になった愛はこれでもかというくらいハリセンを投げつけてくる。無限に出てきそうなその様に一体どこから取り出しているのか疑問に思う……I am the bone of my Harisen.


「わかった悪かった悪かったって」


 泣く泣く画像を削除する。愛は息を切らしながら涙目で優を睨んでいる。次はなさそうだった。クラウドに自動的に保存してあることは黙っていよう。


「じゃあ指笛だな」


 親指と人差し指で円を作り、口元に持っていき一気に吹く。音は高めだが、これなら結構な距離で届く。

 それに愛のキス待ち顔を周囲に見せるのも癪だしな。


「できそうか?」


 愛は試しにと指を口元に持っていき、空気を送り込む。


 ぷすぅ~……


 なんとも気の抜ける音がした。


「やだー愛ちゃんすかしっ――」


 そこにはボロボロになってケツを突き出し、ケツにハリセンがぶっ刺さった一人の男ができあがっていた。刺さったハリセンに書かれた文字は『女の子はそんなことしない』である。


「まあ練習あるのみだな。しばらくは手でも叩いて俺を呼び出すといい。指笛ができるようになったら地の果てからでも飛んでいってやるよ」


 尻からハリセンを引っこ抜きながら愛に言う。そんな姿を見て愛は、本当に来そうで怖いと思った。


 何度も音を出そうと練習をする愛。そんな愛を優は隣で応援する。

「キレてる!キレてる!」「チョモランマ!」「ナイスバルク!」

 何の応援なんですかね……


 結局この日には、愛は指笛をマスターできなかった。


 むーっとした顔で愛は自分の部屋に帰っていく。

 そんな愛の姿を見て、優はいつか彼女の声で自分の名前を呼ばれたいものだと思いを馳せる。


 いつか来るその日を夢見て、優は床につく。隣の部屋からはまだ空気の抜けるような音が聞こえ続けていた。

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