第9話「あなたと私とテレビゲーム」


「おっ?」


 とある日の夜。

 愛と共に夕飯の買い出しに出ていた優は、ビルに設置された街頭掲示板に目が吸い寄せられた。


 色々なキャラクター達がお互いをしばき倒すゲーム『大混乱スタイリッシュファミリーズ』の広告だ。

 

 懐かしいな、昔のシリーズをよくやったっけ。


 チラリと隣の愛を見る。軽い足取りで買い物袋の片方の持ち手を持っている。優と愛は一つの買い物袋をなんとはなしに二人で持っていた。


「(ゲームか……)」


 見た感じ、愛はそういうのをあまりやりそうにない雰囲気だった。これは、新しい刺激としていいかもしれない。


 よし、と呟き愛の方を向く。愛は足の止まった優を不思議そうに眺めている。


「なぁ姫さん、ちょっと寄りたいところがあるんだが」




 帰宅し、二人で協力して晩ごはんを作る。そして少し早めに片付けと寝支度を終わらせ、早速買ってきたゲーム機を開封する。


「おー、てなんか配線多くないか?」


 最新のゲーム機など買うのは久しぶりだ。愛も機器の多さに目を瞬かせている。

 説明書を読みながらあーでもないこーでもないと二人で四苦八苦しながら配線を繋げていく。これだけで結構時間がかかった。


 だがその甲斐あってか、起動できたときの感動はひとしおだった。思わず愛と「いえーい」とハイタッチする。


「まぁまだ始まってすらないけどな。早速やってみようぜ」


 そう言って優はテレビの正面に位置する炬燵に入る。愛はというと――


 ぽす、と優の足の間に入り込んできた。まるで優が彼女の椅子になったかの様子に、しかし優は特になにも言わない。最近の愛はこの体勢がお気に入りだ。


「コントローラーにコードがないとは……」


 愛の腰に腕を回しコントローラーを握る。昔はワイヤレスなんてなかったのになぁ、便利な時代になったものだ。

 科学の進歩を感じつつ、テレビに映し出されたゲーム画面を進めていく。初期設定なんてあるのか。


「アバターとユーザー名?」


 いつゲームが始まるんだと思いながら適当に容姿を設定した後ユーザー名を考える。

 数秒悩んだ後、二人で買いに行ったものなので『新藤愛』と入力した。なにか言いたげに愛が頭をぐりぐりと押し付けてくるが可愛すぎるので無視した。


 ようやく諸々の設定が終わり、オープニング映像が流れ始める。CM見てて思ってたけど、やっぱ綺麗になったよなぁ最近のグラフィック。愛も『おぉ~』という感じで目を輝かせている。

 メニューが表示され、とりあえず練習用に設定されたステージへ。キャラは昔使っていたキャラがいたのでそれを。愛は迷っていたが、とりあえずといったように可愛らしいキャラを選んでいた。

 そうして練習用のステージが始まった瞬間、優の目が怪しく輝いた。


「先手必勝!!」


 容赦なく愛の可愛らしいキャラクターに殴りかかる。ゲーム初心者の愛はわたわたと慌ててなにもわからず、可愛いキャラがしばかれるのを眺めるのみ。


「ほら姫さん、キャラ動かして。お前があのキャラの命を救うんだ」


 愛は説明書を読んでからいろいろする派なのか、画面と説明書を交互ににらめっこしている。優は習うより慣れろ派なので、昔の操作感と比較しつつキャラを動かしていく。操作感はあまり変わらないのな。


 愛も説明書を読み終わったのかようやく本腰を入れて練習し始めた。

 基本コントローラーをガチャガチャやっていても楽しめるゲームなので、難しいことは考えず気楽にプレイする。


 そうして動きにもこなれてきた頃、対戦モードに移行した。コンピューターも入れてのバトルロイヤルだ。

 弱めに設定してあるコンピューターを先に倒し、愛と一対一となる。さすがは現代っ子、弱いコンピューター程度には負けないか。


 ブランクのある優と、初心者の愛の勝負はいいバランスで進んだ。プレイスタイルも、ごり押す優と堅実な立ち回りをする愛で拮抗する形となった。

 手加減しているとはいえ、ここまでやるとは思っていなかった優はさてどうしたものかと考える。初心者に花をやるのもいいがなにか一矢報いたい……


 視線を下にさげる。胸元にいる愛は、一生懸命な様子でキャラを操っている。今夜は既に青色のパジャマに着替え、ラフな格好だ。風呂にも先に入り、髪からは柑橘系のいい香りがする。そんな彼女が操るキャラは、今まさに優にフィニッシュブローを叩き込もうとしている瞬間である。

 優は鼻を愛の頭に近づけ、言った。


「姫さんの髪すげぇいい香りな」


 愛はガターンとコントローラーを炬燵の上に落とし、真っ赤になって勢いよくこちらを振り向く。


「あ、キャラが」

「!」


 フィニッシュブローを放とうとしていた愛のキャラは虚しく空を切り、そのまま場外へと飛び出していき落下。残機も一だったため、画面には勝利ポーズをきめる優のキャラが表示された。


「ま、勝負は非情ということで」

「~~!!」


 愛は顔を赤くしたままポカポカとハリセンで優を叩き始めた。ハリセンに踊る文字は『汚いさすが新藤さん汚い』である。可愛すぎるので痛くはなかった。


「よーし、オンラインしてみようぜ」


 むすっとする愛を抱き締めながら優はオンラインに接続する。やっぱこのゲームは皆でわいわいやってこそって部分がある。


「愛も下手って訳じゃないし、そこそこいけるんじゃないか?」


 そう言って愛のご機嫌をとり、腕試しも兼ねて早速オンラインマッチ。まぁ最初は弱い相手しか当たらないだろう。そう思って気軽にオンラインマッチを選択した。


しかし数十分後――


 ズルズル~っと優に背中を預けずり下がっていく愛。表示される愛の順位は最下位だ。

 そのまま優の膝に顔を埋めじたじたと暴れる愛。案外負けず嫌いだったようだ。


「いやレベル高いな最近の子は」


 優はなんとか食い下がっているが、正直ギリギリだった。昔の経験がなければとっくに順位を落としていただろう。

 愛が恨めしげな眼差しで優を見る。『なんでそんなに上手いのか』と聞きたげだ。


「いや昔のシリーズをよくやってたんだよ、それでどうかなって思ったんだけど、愛には少し合わなかったかもな」


 ゲームの電源を落とし、慰めるように愛の頭を撫でる。気をよくしたのか、擦り付けるように頭を手に押し付けてくる。


「なつかしいなぁ……」


 しかし――


「――ユイとよくやってたんだよ」


 その一言がいけなかった。


「――」


 ピタリと動きを止める愛。前髪に隠れて表情はよく見えない。しかし徐々にその小さな身体から黒いオーラをまとわせ始める。


「ひ、姫さん?」


 愛は静かに電源ボタンを再び入れる。そして先程のように優の足の間に入ってくる。さっきよりも距離が近い。

 先程のようにオンラインマッチを選択したが、愛が選んだのは今度はチーム戦だった。もちろん、優と愛は一緒のチームだ。


 問答無用で始まるチーム戦に優は慌てる。愛も先程より雑な動きで戦っており、始まった勝負はあっさりと片がついてしまった。

 

「You Lose」


 画面に大きく書かれた文字に愛は肩をプルプルと震わせる。そこでようやく愛は優に向かって振り向いた。


「!」


 ぷくーと頬を膨らませながら涙目でこちらを見る愛。そして右手の指を一本だけ立ててこちらに差し出す。もっかい!!


「これは……長くなりそうだな」


 ちょっと待てと言い、二人分の温かいココアを入れ炬燵に深く座る。もちろんその足の間には愛。


 愛にとってユイが地雷になりつつある。あの日ユイの話をしてからというものの、愛はユイに対抗心を燃やし始めるようになったのだ。


 そんな愛は先程のプレイに物申したいのか、涙目で机をバンバン叩いていた。やだこの子マナーが悪いわ……ゲーセンには行かせられないかもしれん。台パンは当店では禁止となっております。


 優はそんな愛に苦笑しながら頭を撫で、さてお姫様が満足するまでお付き合いしますかとココアを一口飲んだ。



 クリスマス直前の夜、新藤家の夜はいつものように穏やかに更けていった。

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