第17話「あなたのホラーな悪戯」



 二人で作ったオムライスを食べ、お腹いっぱいになった穏やかな午後。

洗い物をしている時にふと気づく。調理器具や調味料がいつの間にか増えているなと。これらはすべて愛が持ち込んだものだ。料理に関しては優はあまり入れ込んでおらず、愛の『私が料理を作ります』宣言もあってか、これについては愛が熱をいれている。

 とはいえまだまだ高校生。そんな凝ったものは作れず、味付けを少し工夫するくらいだ。まぁそれが嬉しいのだが。


 優はふっと笑って隣でお皿を拭く愛を見る。優が皿を洗い、愛が水気を拭いて皿を並べる。今日はそういう役割だ。

 そんな一生懸命に皿を拭く愛に、最後の皿を渡す。受け取った愛は、最後まで丁寧に水気をきり自分の仕事をこなす。


「お疲れ、姫さん」


 いえーい、とにこやかにハイタッチ。エプロンをはずし、二人で居間に戻っていく。

 テレビの正面の炬燵に座ると、愛が慣れた様子で足の間に収まる。優の腕をマフラーのように巻き付け、背中を深く優の胸に預けた。そして胸には昨日取った猫のクッション。準備は万端である。


「んじゃ続きから再生するぞ」


 コクリと頷く愛を眼下に、優はリモコンをとって再生ボタンを押した。


 ――テレビから、絹を裂くような女性の悲鳴が新藤宅に鳴り響いた。


「……」


 そう、見ているのはホラー映画である。どうも昨日見た作品に連なる話らしい。昨日ガタガタ震えて見ていた愛だったが、話の全容が気になるらしく過去作品に手を出し始めたのだ。意外に凝り性なのかもしれない。

 そして優はそれに付き合う形で彼女の椅子となっている。優も話の全容は気になっていたし、愛が見るのならということもあり、彼女の頭に顎を乗せながらぼーっと眺めている。

 しかし、しかしである。


「~♪」


 優に包まれるようにして座り、それのお陰か余裕の表情でホラー映画を見る愛を見ていると……なんかこう、面白くできないか?と思うのである。


 昨日は震えながら見ていたのに、今は機嫌よくホラーを鑑賞する愛。朝からシリーズを見ているため慣れもあるのだろうが、優に背中を預けているというのも大きいのだろう。たまに甘えるように頭をスリスリと押し付けてくる。


 朝から彼女の椅子に徹していることもあってか、優は少しウズウズしていた。悪い虫が騒ぐのだ。悪戯したいと。


「(ふーむ……)」


 とはいえ今の優にできることは少ない。身体は彼女の椅子になっているため大きく動かせない。一旦離れてネタを仕込む感じになるだろう。遠隔……時間差?


「!」


 テレビからおぞましい叫び声が上がる。愛はきゅっと身を竦めるが昨日ほどではなく、優の腕をシートベルトのように強く巻き付けるのみだ。


「(せっかくだからホラーテイストで行くか)」


 頭の中でネタを構築し、よしと頷く。貴様に相応しいネタは決まった!


「姫さん、ちょっと飲み物取ってくるわ」

「……」


 愛はチラリと振り向き『早く帰ってきてくださいね』とでもいうように頭を擦り寄せてから優の腕を解放した。


「(さてさて)」


 優はスマホを持って立ち上がり、悪い笑みを浮かべながらキッチンへと去っていった。




「お待たせ、姫さん」


 優は何事もなかったかのように二つのココアのマグカップを持ち、愛の元へと戻った。

 再び愛の椅子と化し、しばらく映画を鑑賞する。部屋は雰囲気を出すために少し暗めにしてあった。映画はダウンロードサイトでレンタルした。もうビデオ屋いらないじゃん……


 そこで、ふと愛のスマホが振動する。メールの着信を知らせるランプが点灯している。

 しかし愛はそれを無視。映画を鑑賞しているのでまぁ当然の反応だろう。それも織り込み済みだ。

 数分後、また愛のスマホが震える。


「?」


 愛はここで反応する。彼女宛のメールはだいたいが広告だ、こう立て続けには珍しい。


「……」


 愛はスマホを手に取り、メールの内容を確認し首をかしげた。メールはこうだ。


『私、幸子。今あなたの学校にいるの』


 もちろん愛の知り合いに幸子などいない。フリーメールアドレスからのメール。愛はしばらく文面を眺めた後、間違いメールだろうとスマホを置いた。

 そして次は連続で愛のスマホが震えた。


『私、幸子。今近くの駅にいるの』

『私、幸子。今近くのコンビニにいるの』

「――」


 ここで愛は違和感を覚えたようだ。じっ、とメールを眺めている。学校、駅、コンビニ……また震える。


『私、幸子。今あなたのマンションの前にいるの』

「!?」


 そう、徐々に幸子は近付いてきている。そう気づいたときにはメールの感覚もだんだん早くなっていっている。


『エントランス』『階段』『踊り場』……立て続けに震えてメールを届けるスマホに、しかし愛は何もできずわたわたと慌てるのみ。


『私、幸子。今新藤さん宅の前にいるの』

「!?」


 ついにドアの前に来た幸子。愛は優の襟をつかんでスマホの画面を見せる。しかし――


「どうした姫さん? 何も書いてないじゃないか」

「!?」


 すっとぼける。もちろん演技だが、愛の顔はサッと青くなる。優から顔をそらしたところで、そしてついに――


『私、幸子。今あなたの後ろにいるの』

『!!』


 愛は思わず固まる。今、目線はテレビ方面を向いている。つまり後ろは優の身体がある。今は密着しているため暖かい。体温に異常は見られないが……


「――」


 愛はギギギと音が鳴りそうなぎこちなさで後ろを向いた。そこには……


「どうした?」


 いつも通りの彼がいた。こちらを心配そうに覗き込んでいる。

 なんだ、やはりただの悪戯メールか。そう思ってテレビの方を向いた。


『見~つけた(裏声)』

「!!??」


 正面を向いた机の上には、いつの間にか御札の貼られた日本人形が鎮座し、愛を正面から見つめていた。

 それを見た瞬間愛は――


「!!」

「幸子ォ!」


 電光石火のごとき早さでハリセンを打ち込んでいた。『悪霊退散』の文字を添えて。

 吹っ飛ぶ日本人形に思わず優も叫ぶ。

 叫んだところで、あ、と汗を垂らす。この一連の出来事の下手人を愛に伝えてしまったからだ。


「……」


 ゴゴゴゴと黒いオーラをまとわせながら愛は近づいてくる。こちらの方がよほどホラーだった。

 愛は優の服をつかみ、ズルズルと炬燵の前まで連れて行く。

炬燵に座り、そして怒ったように自分の隣をポフポフと叩く。ここに座れということだろうか。

 よいしょと愛の隣に座ると、今度は上半身を倒された。自動的に優は寝そべる形となる。


「……」


 その隣に勢いよく愛は横になり、猫のクッションを間に挟む。そして優の手を自分の頭に持っていく。愛の目線はじっとりと優を見つめていた。


「わかった、悪かったって」


 なるべく労るように頭を撫でる。愛はしばらく湿った視線で優を眺めていたが、ツンと顔をそらし目を閉じた。


 お姫様はなでなで+添い寝を所望である。


 拒否権のない優は、でもこれ俺にとってもご褒美だよなと思いながら、夕飯まで彼女の頭を撫で続けた。次はどんな悪戯をしようかと考えながら。

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