第16話「あなたと私と映画館」
なんだかんだあった昼食を終え、次は映画を見るために映画館へと向かっている。
しかし、映画館は商店街の中心部にあるため近づくごとに人通りは多くなっていった。年末というのもあってか油断すれば肩をぶつけてしまいそうだ。はぐれないようにしなければ。
「姫さん、ほら手を」
「――」
手を差し出すと、愛はおずおずと小指を握ってくる。なんとも控えめで可愛らしいが、これでは少し心もとない。
「よっと」
「!」
優は一気に愛の手を引いて、ぎゅっと手を握った。一瞬驚いた後テレテレとする愛だが、優は頭の中で「職質されたらどうしよう」と別の焦りを抱いていた。ロリコン先輩の「お前やっぱロリコンだわ」という言葉がフラッシュバックする。いやいやこれは安全確保のためだからセーフ。
「はぐれないようにな」
「――」
愛はコクリと頷くと遠慮がちに一歩優との距離を詰める。端から見たら自分たちはどう映って見えるのだろうか。親子? 兄妹? それとも――
「……」
まぁいい。大事なのはガワじゃなく、お互いを大切に思っているという事実だけだ。どう見られたところでそこを譲らなければ関係の名称などどうだっていいのだ。
優はもう一度少しだけ力を込めて愛の手を握る。愛もそれに合わせてぎゅっと握って、はにかんだような笑みを浮かべた。
「さて、なに見ようか?」
映画館に到着したが、見る映画はまだ決めてない。一応パパっとリサーチはしたが、映画名だけではあまりピンと来なかったのだ。
「……」
愛と館内にある大型モニターに映し出される予告編を眺める。アクション、ラブストーリー、ホラーとなんでもござれだ。この映画館はなかなか大きく、ラインナップも充実していた。
愛は今まで映画をあまり見ていないようで、どの映画にも興味を示している様子だ。映画館初心者ということも視野に入れておかなければ。
「どうだ、姫さん? なにか見たいと思えるものはあるか?」
愛は少し悩んだ後、ラブストーリーのパンフレットを指差した。無難なところだ。これならアクションのように大きな音でド派手なことにはならないだろう。初心者向けと言えた。
「よーし、じゃあチケット買うか」
手を繋ぎ、券売機の方へと歩く。その間も、愛は興味深そうに物販コーナーやポスターを眺めている。年相応の反応に微笑ましさすら感じる。
「じゃあ姫さん、ボタン押してみ」
折角なので券売機の操作は彼女に任せることにした。何事も経験である。愛はふんすと両手を握り、券売機に向き合った。
とはいえ現代っ子。タッチパネルなどお手の物で、気合いを入れた割にはスイスイと操作する愛。
しかし、座席を決める段階となった時、先程までスイスイと動いていた愛の指がピタリと止まった。
「どうした?」
愛は困ったような表情を浮かべ、こちらを振り返った。愛の手元を覗き込む。
「あー……」
パネルには空いている座席が明るく表示されているが、どうも二人並んで座れる席がすべて埋まってしまっているようだった。それで愛の手が止まってしまったのだろう。
「離れて座るか?」
試しに聞くと愛はむすっとした顔をし、優の手を握ってブンブンと強く振る。一緒がいいとの仰せである。
「となると他の映画だが……」
二人並んで座れる席があるかどうか他の作品でもチェックしてみる。が、アクションもミステリーもアニメもシートは埋まっていた。
「マジか、時間ずらすかぁ……?」
まぁ幸いにもここは商店街。ウインドウショッピングには事欠かないだろう。
最悪そういう手を取ろうと思っていた優の指がとある映画でピタリと止まる。二人並んで座れる席があったのだ。しかしこれは――
「なぁ、姫さん……」
「?」
コトリと首をかしげる。
「――ホラーって大丈夫か?」
懐中電灯を持った男性が息を切らしながら森の中を走りぬけ、広場のような開けた場所に出た。そこで不自然にカメラが横に移動していく。あ、次来るな。
不自然に移動したアングルが再び元の位置に戻ると、そこにはボサボサの黒髪をたなびかせた恐ろしい形相の女幽霊が現れていた。
設置された音響から、世にも恐ろしい絶叫が館内に響き渡る。
「!!!」
その瞬間、隣に座る愛は飛び上がり優の肩に顔を埋める。優の腕を両手で強く抱き、ガタガタと震えている。優もそのたびに愛の柔らかい部分が当たるのでガタガタと震えている。俺捕まらないよな……?
恐怖ポイントが過ぎ、ストーリーが進行し出すと、愛はまた恐る恐ると映画に集中し始める。しかし優の手をガッチリと握って離さない。
隣に座る愛を見る。体調が悪くなっていそうなら途中退出も視野に入れていたが、なんだかんだホラー映画を楽しんでいるみたいだ。こういう映画ってお話は面白いやつ多いよな。
エンドロールが流れた後のビックリ演出が終わるまで、愛は終始ハラハラドキドキした感じで優の手を握っていた。
見終わり、少々ぐったりした二人は館内のドリンクコーナーで一息ついていた。いやぁ恐ろしい映画だったぜ『貞夫VS伽椰夫』……
「半券で館内のUFOキャッチャー一回無料だってよ、見てみるか?」
どこか遠い目をしていた愛は優の言葉に現実に戻り頷く。初心者にはやはり刺激が強すぎただろうか……
ということで館内にあるゲーセンに寄る。その中から愛が好みそうな物を見て回る。物珍しそうに歩いていた愛がピタリと足を止めた先は、デフォルメされた猫のクッションだった。
「これにするか?」
「――」
愛は目を輝かせコクコクと頷く。猫好きなのかね。しかしそこそこ大きいクッションだ。二回で取れるだろうか。
「すみません」
店員を呼び止め半券を渡す。店員が機器を操作し、二回動くようにしてくれた。
「姫さん、やってみるか」
気合いに燃える愛にそう言ってレバーの前に立たせる。『いいんですか?』といった風にこちらを見上げるが、優は笑って頷いた。
「何事も経験だからな。遊びもまた経験だ」
愛は笑みを浮かべ、スイッチを押してレバーを動かす。慣れていない手つきで操作するが、その横顔は楽しそうだ。
そうしてチャレンジした二回は……どちらも失敗だった。
「……」
涙目でクレーンゲームを見る愛。まあ二回で取ろうなんて無理な話だ。台パンしないだけマシと言える。
「さて、見とけよ姫さん。俺が今から大人の力ってもんを見せてやるからよ」
そう言って優は両替機からジャラジャラと小銭を吐き出させる。クレーンゲームなんざ要は回数よ回数。
十数分後、帰り路を歩く隣には猫のクッションに申し訳なさそうに顔を埋めて優を見つめる愛が出来あがっていた。結構お金を入れたように見えたのだ。
「いいっていいって。あれだ、初お出かけ記念ってやつだ」
そう言って愛の頭をくしゃりと撫でる。その反動で愛の顔がさらにクッションに埋まるが、その顔はふんにゃりと笑っていた。
「今日は楽しかったか?」
その顔を見れば一目瞭然だが、一応聞いておく。愛はクッションを一旦優に預け、スケッチブックに書き込んでいく。
『また一緒にお出かけしましょうね』
柔らかく笑う愛に、そうだなと返し、次はどこに連れていってやろうかと考えを巡らせる優だった。
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