第21話「あなたと私と温泉街」


 コインをトスする。


「よっ」


 くるくる回りながら落ちてくるコインを愛から見えないようにキャッチする。


「どーっちだ?」

「……」


 むむむと考え込む愛。


「――」


 迷いつつ右手を指差す。


「ぶっぶー、正解は姫さんの後ろに座っているおじさんの頭の上でした~」

「!?」


 はっはっはと笑いながらコインを渡してくれるおじさん。さっきトイレに行く途中で打ち合わせておいたんだよなぁ、優しい人でよかった。


「お客様にお知らせします、次は――」

「おっ、到着するみたいだな」


 白い目でこちらを見つめてくる愛を宥め、降りる準備をする。準備と言っても簡単な荷物をまとめるだけだ。かさばる着替えなどは先んじて旅館に送ってある。


 到着時刻が近づき、簡単な遊びに興じていた二人はいよいよといった感じで新幹線を降りた。


「ここからでも結構香るもんだな」

「……」


 愛も頷く。降りた瞬間に鼻に香るのは、ツンとつく硫黄の匂いだった。遠目には白い煙が立ち上っているのが見える。


「旅館のチェックインまでまだ時間もあるし、ぶらぶら観光でもしてみるか?」

「っ」


 目を輝かせる愛を見て微笑ましい気分になる。


「それじゃ、テキトーにぶらついてみるか」


 温泉街に向けて歩き出す二人。二人の手は、どこからともなくしっかりと結ばれていた。




「さすがに土産屋が多いな」

「……」


 石畳の情緒溢れる街道を歩く。周囲に見えるのは和風建築の平屋で、そのどれもが土産屋であった。


「ちょっと入ってみるか」


 適当に一軒入ってみる。ここは主に木材を使った工芸品が主なようだ。


「……」


 愛がスラリと一本の木刀を持っている。中学の修学旅行で俺も買ったっけ。観光地ってなんで木刀置いてるんだろうな。

 じっと木刀を見つめている愛。欲しいのだろうか……あれで俺をしばきたいのだろうか。ハリセンは痛くないけどあれは痛いだろうなぁ……


「……」


 首をかしげて木刀を戻す。なんか違ったらしい。


「つ、次行こうか姫さん。土産は最後の日にまとめて買おう」


 ちょっと恐かったので愛の手を引き店をそそくさとあとにした。




「お~、結構気持ちいいもんだな」

「♪」

 土産屋から少し歩くと、今度は煙が多く立ち上る場所に出た。この辺りでは足湯をやっているようで、折角なので二人で入ってみることにした。

 冬の冷たさに、足湯の温かさが足元からじんわりと伝わってきて心地がよい。


「~♪」


 愛もご機嫌な様子でその両足を足湯に浸している。足湯に入るため、いつも着用しているストッキングは脱いでいた。


「そういやいつもストッキング穿いてるけど、冷え性かなにかなのか?」


 思えば彼女の生足を見るのは何気に初めてかもしれない。なんだか少し……目に毒な感じがあって視線が泳ぐな。


 愛はサラサラとスケッチブックに文字を綴る。


『母の教えで、素肌を大事な人以外にはあまり見せないようにと仕込まれたもので』


 へー、お母さんの。そりゃ大事なことだな。きっと大和撫子的なお母様だったのかな。


『その方がギャップがあるからと』


 お母さーん?


「そ、そうか……」


 まあ実際、俺もそのギャップにやられてるのでその教えにまんまとのせられてしまっているわけだが……なんか悔しいな。


「……」


 チラリとこちらを見て足をこれ見よがしにパシャパシャと動かす愛。スカートから伸びた太ももとスラリとした足が問答無用でこちらの目に写る。

 愛のその瞳はこちらの反応を伺っていた。


「細いな、もっと食った方がいいんじゃないか?」


 愛さん、胸の前でバツ印。求めていたものとは違うらしい。


「……まぁ綺麗なんじゃないか?」


 顔をそらして言う。愛はこちらの反応に満足したのか、『ありがとうございます』と返してきた。その耳は真っ赤に染まっていた。

 なんだこの屈辱感……これで勝ったと思わないことね!

 くっ、新幹線でごちゃごちゃと考えてしまったせいか、愛がいつもより魅力的に見える。

 いかんいかんと首を振る。なにか、なにか気を紛らわせるようなものは……

 キョロキョロと周囲を見渡す。この辺りは客足も多く、出店や屋台も数多く並んでいる。


「あれは……」


 その中で気になったものに目をつける。あれなら俺も得意だし、愛も楽しめるだろう。


「姫さん、次アレ行ってみないか?」




 足湯を堪能し、次に向かったのは屋台だった。数ある屋台の中で二人が選んだものは……


「そうそう、これに弾を詰めてよく狙うんだ」

「っ」


 射的の屋台だった。愛は真剣な様子でライフル型の銃を構えている。狙う先には、安物の指輪の小箱があった。板に支えられ、斜めになって展示されている。愛はあれが欲しいらしい。愛も女の子だなぁ。


「っ!」


 ポンっと小気味のいい音とともに放たれたコルクの弾丸は、見事小箱に命中……したが、支えている板はびくともしなかった。


「~~」


 悔しがる愛。まあ仕方ない。あれこのお店の目玉商品みたいだし、結構堅く固定されているのだろう。

 その後も挑戦する愛だったが、なかなか的にも当てられず、たまに当たっても倒れない景品にがっくりと肩を落とした。


「あれが欲しいんだな?」

「……」


 コクリと頷く愛。それを確認した後、小銭を店主に払う。


「まあ見てな。俺も昔は地元でだいぶ鳴らしたもんだぜ?」


 まずは適当に一発撃つ。これで銃のクセを把握する。これくらいの強度ならアレが狙えるな。

 銃を振りかぶる。


「オラァ!」


 角度をつけて弾を放つ。弾はあらぬ方向へと飛び去った……かのように思えた。


 数瞬の後、指輪の入った小箱が地面に落ちていた。


「ま、コルクだからできる芸当だな」


 弾道を曲げて支える板の支柱のみを撃ち抜いた。それだけだ。腕は落ちてなかったらしい。


「ほら、姫さん」


 口をあんぐりと開ける店主を尻目に小箱を拾って愛に渡す。

 愛も目を白黒させていたが、小箱を受け取り、中身を確かめる。中には明らかに安物とわかる、銀の指輪が収まっていた。まあ屋台の景品としてはそんなものだろう。

 愛はこちらにペコリと礼をしてから、小箱を嬉しそうに鞄にしまった。喜んでくれたようで何よりだ。

 そして少しほっとした。この場で左手の薬指にでも嵌めだしたらどうしようかと思った。さすがに自意識過剰気味だったな。


「さて、そろそろ旅館の方に行くか」


 いろいろと屋台を愛と冷やかした後。

 最後に仲良く温泉卵を食べ歩きしながら、二人は旅館へと入っていった。

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