第20話「あなたと私の旅道中」


「いっただきまーす」

「~♪」


 駅で買っておいたお弁当を前に二人して手を合わせる。


 昨日の福引きで温泉旅行を当てた二人は、帰宅してから大急ぎで荷物をまとめて旅館に送り、手早くリサーチをして早めに床についた。


 そして現在、朝から二人は新幹線に乗って車上の人となり、突発的に発生した年末の旅を満喫していた。


 今はちょうどお昼前。小腹も空いてきたので早めに昼食をとってしまおうということで、弁当を取り出したところだ。


「肉か魚で迷ったが、こうなったらどうってことないな」

「……」


 愛はコクコクと頷く。

 当初どの弁当にしようか迷ったところだが、優はハンバーグ弁当、愛が焼き魚弁当を自然と注文し、その迷いは払拭された。


「つーわけで、ほら姫さん」


 ハンバーグを食べやすい大きさに切り、箸で摘まんで愛に差し出す。

 愛は迷うことなくハンバーグをパクリと口に入れる。モグモグと咀嚼し、頬を押さえてご満悦。美味しかったようだ。


「……」


 そして愛も焼き魚を切り分け、こちらに差し出してくる。その顔はとてもニコニコしている。

 が、その反面、優は内心ヒヤヒヤしていた。ここは誰にも見られていないような家の中ではなく、思いっきり公共の場である。お外なのである。

 自分から愛にあーんをするのはいい。愛は可愛いので何でも許される。

 しかし三十路手前のおっさんが公共の場で女の子にあーんされる絵面ってそれはどうなんだ? と思う次第である。家の中でなら自分からするぐらいだが、さすがに外だと通報されないか心配なのである。

 ……そもそも二人で温泉旅行に来ている時点で手遅れ感は否めないが。


「あーいや、姫さん……ほら、自分で食えるから……」


 とりあえず抵抗を試みる。しかし橘選手、その手を緩める気配は一切ありません。


「……」


 先ほどと変わらずニコニコとしながら箸に摘まんだ魚を差し出す。あ、これ食べないと終わらないやつ。


「あ、ほら姫さん。富士山だぞ富士山」

「……」


 電車内に富士山に関するアナウンスが流れる。いやぁ大きいよねぇ日本一!


「ひ、姫さん……?」

「……」


ニコニコ。


「……」

「……」


ニコニコ。


「……あーん」

「――」


 パクリ。


「美味いっす……」

「♪」


 負けた。橘選手の粘り勝ちである。

 愛はハンバーグを食べた時以上にご満悦な様子で食事に戻った。

 

 うぅむ、と優は唸る。最近こういう場面での愛は押しが強くなってきた気がする。

 優としては、初めて会ったときより元気になった彼女を見て安心すると同時に、このままでいいのかと不安になる。

 一方は前途ある十代の女の子で、一方は三十路手前のおっさんである。

 彼女からの好意は言葉にこそ表れないが、普段の行動からビシバシと感じている。そしてそれに安らぎを感じている自分もいる。


 彼女は『家族のようなもの』、そう自分は認識している。しかし、それは一種の逃げであった。この健気な女の子を異性として意識しないようにする言い訳の一つでもあったのだった。


 ため息をつく。

 認めよう。

 俺は彼女を異性として意識している。そもそも異性として意識していなきゃ予防線を張るようなこともない。それ以前に家族であーんなんてしないしな。


 自分から予防線を張り、家族だなんだと言いながらも彼女からの好意を無碍にできない。それどころかその好意に甘える部分もある。ようは卑怯者だった。


 だからこそ、今回の旅行はいい機会だったのかもしれない。

 この旅行で、彼女と自分の関係性を見極めたい。この生ぬるい関係のまま『家族のようなもの』として過ごすのか。それとも――また違う関係を築くのか。


「……」


 自分にその資格はあるのか。今更ながらそう問いかける。正直言ってそれはない。彼女の幸せを考えるのなら、自分は父か兄として彼女に接し、未来に羽ばたく手伝いをするのが一番だ。しかし――


「♪」


 幸せそうに正面に座り、お弁当を食べる愛。彼女の幸せは、どこにある。見えない未来の中にあるのか、それとも今、目の前にあるのか。


「……はん」


 鼻で笑った。

 くだらないことを考えた。何が彼女の幸せのため、だ。結局はそうやって言い訳をして逃げているだけだ。彼女の幸せは、彼女が決める。俺が決めることではないというのに。


 だが。

 だがもし、その幸せというものが、自分から与えられるものであったのならば……それは俺にとって、幸運なことに間違いはなかった。


「……?」


 愛が首をかしげる。そしてサラサラとスケッチブックに文字を綴った。


『難しいこと考えてます?』


 さすがに沈黙が多かったか。こういうときの愛は妙に鋭い。


「そうだなぁ。まぁ、まさかJKと温泉旅行に行くことになるとは、一ヶ月前の俺では考えられなかったなと思っていたところだ」


 一部真実を織り交ぜる。そう言うと愛はクスリと笑いまた文字を綴る。


『私もです』


 そう書くと、彼女は席を立ち、優の隣に座った。


『後悔してますか?』

「まさか」


 後悔など一ミリもしたことなどない。あの夜、愛を見つけていなかったらと思うと心が震える。


『今、一ヶ月前より幸せですか?』

「……あぁ」


 そう言うと愛は優の肩に頭を乗せながら文字を綴った。


『私もです』

「……そうか」


 ……なんだか、気が抜けてしまったな。柄にもなく難しく考えすぎてしまったのかもしれない。

 駄目だな、大人になると。大事なものの優先事項が勝手にできあがってしまう。一番大事なのは彼女自身だ。それを間違えてはいけない。


「だー! 背中が痒いぜ!! 俺は正気に戻った!!」


 柄でもないセンチになって浸っている場合じゃない。

 彼女の幸せを見つける! 旅行を楽しむ! 今はそれだけでいい!


 優は通路に出てしばらくブレイクダンスを披露した。


「ふー……よーし、まだ到着まで時間があるな。なんかして遊ぼうぜ姫さん」


 気分も晴れ、少々強引なスタイルで普段の雰囲気を身に纏う。そうさ、どんな形であれ、彼女が幸せならそれでいいのだ。


 自分の中で改めて大事なものを再確認し、優はバッグの中からトランプやボードゲームを取り出すのだった。

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