第4話「あなたの理由」
とりあえず、
「ふーん、喋れないのか。大変だな」
と返しておいた。
耳が聞こえていない訳ではないから、おそらく後天的なもの?そして手術痕も見当たらない。心因性だろうか?
へー、とビールを飲みながら呟いている優に対し、少女はまた面食らっていた。
今まで会ってきた人はこの話になると変に遠慮したり、妙に生暖かい目でこちらを見て来るのが常だったからだ。正直、そういう変に気遣おうとする反応は苦手だった。
他人からそうやって距離をおかれると、自分が普通ではないのだという事実をまざまざと見せ付けられている気がして、なんだかとても怖くなるのだ。寒くなるのだ。震えてしまうのだ、心が。だけど……
「ほれ、これ使え」
優が差し出したのはスマホだった。訝しげに受け取り、画面を見るとメモ帳のアプリが開かれていた。筆談しろということなのか。
チラリと少女は優に目やると、急かすこともなく優は歯を見せて笑みを浮かべた。なんだか妙な気分だ。でも、遠慮たっぷりに気遣われるよりはずっと楽だった。
少女は慣れた雰囲気でスマホをタップし始めた。ポチポチとタップする早さに、優はさすがに現役JKだなと感心する。
そしてすぐに見せてきた画面に綴られていた文字は、
『あなたは誰なんですか?』
彼女の記念すべき第一声?第一文字?はこれだった。そりゃそうだ。
「これは失礼、わたくしこういった者でございます」
まだ仕事着のスーツ姿だった優は、わざとらしく胸ポケットの名刺入れから名刺を取りだし、恭しく少女に差し出した。
思わず立ち上がって『こ、これはどうも』と言わんばかりに戸惑いながら受けとる少女を見て、この子、流されやすいぞと少し心配になった。悪い子ではなさそうで助かるけど。
少女は名刺に目を落とす。新藤優、職業は一般的な会社員、年は……29と一回り上だった。
「スリーサイズは企業秘密な」
「……」
一般的な社会人のスリーサイズを秘密にしている企業ってどうなんだろう?冗談のセンスはあまりなさそうだった。
「そんでお前さんはー……っと、まぁ言いづらいわな。別に言わなくていいぞ」
言いにくそうにしているところを見抜かれる。正直その申し出はありがたかったが、酒をちびちび飲んでいる人に気遣われるというのも変な話だった。
手をヒラヒラさせながら「で最初の質問だが」と呟く。
「こんな時間になにしてんだ?シンデレラはそろそろお家にダッシュする時間だぞ、お姫様?」
その言葉に、少女は目を伏せた。言いづらそうに、手元のスマホをもてあましている。まぁ真っ当な理由ならこんなところで一人寂しく座っていたりはしないだろう。
「彼氏にでもフラれたか」
フルフルと首を横に振る。
「大事な友達と喧嘩でもしたか」
また首を振る。
「……家出か?」
少しの躊躇いの後、
「……」
コクりと少し曖昧に頷く少女に、優はポリポリと頭を掻いた。想定内と言えば想定内。問題はその原因だ。親や兄妹との喧嘩ならまだいい方だが……
「理由は?まぁ言いたくなければそれでもいいんだが……吐き出すだけでも少しは楽になれると思うぞ。俺をゴミ箱と思え」
「……」
じっと目の前の男を見つめる。片手に缶ビールを持った、スーツ姿の男性。いきなり現れてこちらの世話を焼こうとする妙な人。
いい人……なのだろうか。少なくとも、悪い人間ではなさそうだと感じる。悪い人間だったら、喋ることができないとわかった時点で何かしらしてきただろう。自棄になっていたとはいえ、迂闊だったかもと今更ながらに思った。
「……」
またポチポチとスマホをタップする。
『どうして私に優しくしようとするんですか?』
その問いに、優は眉をピクリと動かす。とある少女の姿がフラッシュバックし胸が疼いた。
そう、人に優しく。かつて言い渡された約束の言葉。俺はこの約束を果たし続けなければならない。そうしないと、俺はあの子に顔向けできないのだ。
あの子の元に辿り着くためには。
「うーん……」
さてどう説明したものかと顎に手を当て、込み上げてくる感情をもてあまし……
「うっ……」
「……?」
その前に飲みすぎたのか、何か色々なものが込み上げてくるのを感じ……
「なぁ、一つ大事なこと言っていいか?」
「?」
どうぞ、と掌を向ける。
「吐く」
「!?」
脈絡なくいきなり目の前の男は吐いた。
えーーーっ!?
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