第6話「私の理由」

『疲れちゃったんです、いろいろと』


 そんな出だしから、彼女の言葉は始まった。口を挟むべきではないと思い、優は黙って続きを促した。


『五年前に、両親が交通事故で亡くなったことが始まりでした』


 少女は自分の喉を触りながら寂しげに目を細める。

 ごく普通の、どこにでもあるような平和な家庭だった。お母さんは優しくて、お父さんはちょっぴり厳しくて。頑張ったら誉めてくれて、悪いことをしたら叱ってくれて。

 そして……愛してくれた。少女も両親のことが大好きだった。

 大好きで、愛していて、ずっとこんな暖かい日常が続くんだって……だからこそ、失ってしまったときの反動は顕著に現れた。


『はじめはまだ食事が喉を通らないくらいだったんです。自覚がなかったんでしょうね。だけど親戚の家に引き取られて、だんだん現実感が追い付いてきて……』


 親戚の人達もいい人達ではあったが、やはり親を失った子ども相手だとどこかよそよそしく、どう扱っていいのか決めあぐねている雰囲気だった。

 少女もそれを肌で感じ取り、時が経つにつれ口を閉ざすことが多くなっていった。

 そうして交わす言葉も、口数も少なくなっていき……


『いつの間にか、話すことができなくなっていました』


 皮肉げに少女は笑った。正直、見ていられない顔だった。

少し他人事のように自分のことを話す少女はなんともアンバランスだったが、きっとそう自分を客観視することで、自分の心を守っているのだろう。

 直視してしまうと、崩れ去ってしまうから。


『親戚の方々もそうなってしまった私を重荷に感じたのでしょう。別の家に預けることにしました。だけど、私はすでにこの状態でしたから関係が上手くいくわけもなく……そうしていくつかの家を経て、今の家に落ち着きました』


 聞けば今の家の人々は、海外で忙しく働く人達で、彼女のことはほぼ放置。最低限の生活費のみを工面するだけという状態だった。

 頼れる人間もおらず、そもそも話すこともできず、この少女は色々なものを内に溜め込んでしまったのだろう。

それが今、限界に達しようとしつつあるのだ。それを察知し、彼女はここまで逃げ延びてきた。

 優は彼女を見つけることが出来た幸運に感謝した。もし見つけられていなかったらと思うとゾッとする。


『私は弱い人間です。自分から何かを求めることもできず、掴める力もない』


 全部、なくしちゃって……


 少女の肩が震え出す。

 彼女の言葉は止まらない。今まで誰にも言えなかった心の内に抱える叫びを、ずっと誰かに聞いてほしかったのだろう。

 なにせ彼女の言葉は時間がかかる。いくら使い慣れているとはいえ、何かを言うにしてもスマホでは数テンポ遅れる。

 普通の人であれば一瞬で済むことも、彼女にとっては一苦労であり、同時にそれに付き合わせることにすら心苦しさを感じてしまうのだろう。

 思えば、そんな状態であるというのに、俺に世話を焼いてくれたのだ。心優しく、そして遠慮深い人なのだ、彼女は。


 そうして誰に寄り添うでもなく、ただ生きるという作業は、少女の心と身体をじわりじわりと蝕んでいった。


『もう、どうしたらいいのかわからなくなって……とにかくここから逃げたくて、足を動かして』


 でも、


『疲れてしまって……動けなくて』


 だから、


『もう、『終わり』にしてもいいかなって……そう思ったんです』


 『終わり』と、そう彼女は言った。儚げに、自らの運命を呪うように。


 何もかもを諦めたように。


 その表情を見た瞬間、優の心は決まった。自分でも無責任だと思うし、何より彼女のためになるかどうかも今の時点ではわからない。だけど――


 だけど、それが君が俺に言った、『人に優しく』ということなのだと信じて。

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