第14話「あなたと私の冬休み突入」

 もういくつ寝るとお正月な時期となった。

 優は有給を組み合わせ既に仕事を納めている。愛は終業式を終え、冬休みに突入した。

 つまり二人を邪魔するものはなにもなく、もはや一日中同じ部屋で過ごす勢いである。


「姫さーん、みかんの筋は取る派?」


 今日も今日とて新藤家は緩い空気に包まれていた。暖房の空気が非常に眠気を誘う。

 冬の晴れ間、暖房のついた部屋で二人は思い思いの時を過ごしていた。

 優は炬燵に入りながらみかんの皮を剥き、愛はその正面で冬休みの課題をコツコツとこなしている。


「……」


 首を横に振る愛。このままでいいらしい。優はみかんを食べやすいサイズに割り、愛に向ける。


「ほい、あーん」


 素直に目を瞑り口を開け『あーん』とする愛。雛鳥みたいでたいへん可愛い。


「ピッチャー第一球、投げました~」


 その中にみかんを放り込む。ナイスボール!


「……」


 モグモグとみかんを食べる愛はしかし少し不満な様子だ。食べさせ方に物言いがあるらしい。だっておじさん唇に指が当たったりしたら恥ずかしいし……


 いくらフリーダムにしていても、そのあたりの線引きについては優は気を配っているつもりだった。


「……」


 愛は優からみかんを奪い、優がしたように食べやすいサイズに割ってニコニコしながらこちらに差し出した。見本を見せてやると言いたげだ。


「あぁん!?」


 恥ずかしいので適当にメンチを切っておいたが、愛は華麗にスルーし摘まんでいるみかんを揺らす。その瞳が『はよ』と告げている気がした。


「やだ愛ちゃんてば大胆なのむぐ――」


 適当なことを言って時間を稼ごうとする口を物理的に塞がれる。みかんを押し込まれた。もちろんその指は唇に触れた。


「――」


 愛は満足げにコロコロ笑う。しかしその顔は若干熱っぽい。恥ずかしいならやらなければいいのに……最初にやったの俺だけど。


「わかった、俺の負けだ。素直にあーんするって」


 優は両手を挙げ降参のポーズを見せる。

 愛は段々とこの男の御し方がわかってきた。彼は強引さに弱い。準備する暇を与えてしまうとリムジンだのガスマスクだのが出てきてしまうが、その前に強引に押しきってしまえばなあなあでこちらに従ってくれる。

 だからこそ、愛は大胆にならざるを得なかった。恥ずかしいものは恥ずかしいが、これも自分が望む結果を得るためだと割りきる。彼が素直になるよう仕向けるのが、最近の愛の拘りだった。


「ほれ、あーん」


 今度はみかんを放り投げるようなこともなく、パクリと愛の口に収まる。その瑞々しい唇に一瞬指が触れ優は心の中で天を仰いだ。


 満足そうに微笑む愛。

 部屋に温かいようでどこか生ぬるい空気が漂う。愛は瞳に優しさをたたえて優を見つめている。そんな愛を優も見つめ返す。

 

 改めて見るまでもなく、愛は美少女だ。くりくりとした大きい瞳は、しっとりと自分を見つめている。セミロングの黒髪が少し首をかしげるときにさらさらと流れた。服装は休日なので制服も鳴りを潜め、今日は白い厚手のセーターを着てふわふわとした雰囲気だ。

 そんな子が優しく目を細めて自分を見つめている。初めて会ったときにはこんな風になるとは思っていなかったが、彼女が笑顔を取り戻せて本当によかったと思う。今の笑顔はかなり自然と言える。可愛い。最高。愛ちゃんマジ女神。もう俺の目には姫さんしか映らないぜあゴキブリいる。


「姫さん、ゴキブリいっぞそこに」

「!!??」


 甘い空気は一気に霧散した。


 愛は飛び上がり一瞬で優の腰にしがみつく。


「なんだ姫さんゴキブリ嫌いなのか?」


 好きな人なんているんですか?

 涙目でいやいやと首を振る愛。


「安心しろ、俺も苦手だ。飼おうぜなんて言わねぇよ」


 虫って年取るごとに苦手になっていくよなぁ、と優はしみじみと思う。昔はカマキリとか平気で持てたのに今は抵抗あるわ。この現象に名前をつけたい。


「みかんのゴミに誘われたのかね」


 愛を腰にぶら下げながら棚をガサゴソする。


「まあチンケな虫ケラくらいこいつで一発よ」


 優はどこからか火炎放射機を取り出した。グッバイゴッキ。


「地獄の業火に焼かれろ!!」


 言ってチラリと愛を見る。愛はよっぽど虫が嫌いなのか、やっちゃえやっちゃえとゴキブリを力強く指差している。愛さーん?俺突っ込み待ちでーす。


「姫さん姫さん、ハリセンハリセン」


 愛はハッとした顔でハリセンをいくつか並べる。どこから出した……言えた義理じゃないけど。

 優はその中から『火気厳禁』と書かれたものを取り、狙い違わず獲物に振り下ろした。




 残骸を処理した後も愛はキョロキョロと落ち着かない様子だった。


「一匹いれば三十匹いるんだっけ?」


 その一言に愛は涙を流しながら首を横に振る。ごめんて。


「まあ確かに、虫が出た後の部屋ってしばらく居づらいよな」


 しくしくと崩れ落ちて泣く愛は正直とてもかわいそうだ。なんとか元気になってもらいたい。

 優は考える。部屋にいられないのならこれはもうあれだな――


「よし、どっか行くか!」

「――」


 ピタリと、崩れ落ちていた愛の動きが止まった。


「姫さんも準備に時間が欲しいだろう? まだ昼前だし、準備できたら言ってくれ。できたら昼飯食うついでに映画でも見るか」


 ガバッと愛は立ち上がりコクコクと何度も頷いた。セーターの色に合わせて結んだ白いリボンがひらひらと揺れる。

 そしてその瞳は爛々と輝いて期待に満ちていた。思えば買い出しに行くことはあったけど、純粋にお出かけを楽しむのは初か。


「よし、じゃあ総員駆け足~」


 愛はビシッと敬礼を残し自分の部屋に準備をしに一旦戻っていった。元気になってよかった。


「さてさて、今やってる映画なにがあったかな」


 優はこのお出かけをお姫様に楽しんでもらうべく、大急ぎでスマホで調べものを開始するのだった。

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