switch 明かりを点けない野球部室 ―1

「……え」

 諒輔の射るような目に、動きを止められたようだった。

「……それは……どういう」

「そのまんまだよ」

 諒輔が俺から視線を外し、鼻で笑う。ああ、こんなときだけ笑うんだな、お前は。

「自分の話全然しなくなったよな。人の話ばっかり聞き出すの巧くなりやがって。楽しくもないのにすぐ笑顔作って」

「別に作ってるわけじゃ」

「茉緒から連絡が来た」

 その名前が出て、自分の笑顔が強張るのが分かった。

「心配してたよ。お前、茉緒にも何も言ってないだろ」

 茉緒に「も」、と、彼はそう言った。

「……何も、って、別に、受験生の茉緒先輩にいちいち捻挫したって連絡するわけじゃないし」

「それ」

 人を指差しちゃいけないって習わなかったのか。

「『茉緒先輩』ってなに」

「え、」

「『茉緒ちゃん』じゃなくて『茉緒先輩』ってなに」

 思わず目を逸らしてしまった。

 気づかれていないと思っていた。

「なんなの? なんで『茉緒ちゃん』じゃなくなったの? なに別れた瞬間、他人行儀になってんの? なに遠慮してんの?」

「遠慮なんて」

 してない、と言い切ることができなかった。

 茉緒ちゃんを茉緒先輩と呼ぶようになったのは、はじめは自分の気持ちに踏ん切りをつけるためだった。それが今では、

「茉緒の話避けてるだろ」

「……避けてたつもりはないよ」

 真っ直ぐにこっちを見据える諒輔の目が、全てを見透かしているような、そんな錯覚に陥った。

 俺は二度同じ失敗をするわけにはいかないのに。

 どうしてこいつは、人付き合いが苦手な癖に、俺か茉緒先輩がいないと友達も碌に作れないのに、人のことをよく見ている。

 俺は無理にでも口角を上げて、

「話すことがないから話さないだけで、隠しごととかしてるつもりはないよ?」

「笑うな」

 一蹴された。

「茉緒のことは? 足のことは? 城島のことは?」

 諒輔が畳みかけるように言う。押し潰されないように、俺は歯を食い縛る。右足をぎゅっとつねって足の痛みから気を逸らす。そうだ、足が痛いから俺は今少し気が立っているんだ。決して焦っているわけではない。

 同じ失敗を繰り返すわけにはいかないんだ。

 俺は諒輔に――幸せになってもらいたいんだ。

「茉緒先輩の話はもう充分しただろ。話すことなんてないよ。足のことだって、捻挫は諒輔も把握してる。明季さんのことで、諒輔に特別離さなきゃいけないことなんてないし」

 下を向いたままそれだけ言って、顔を上げたときに諒輔の顔に浮かんでいたのは、軽蔑の表情だった。

 それに傷ついた自分も自覚した。

 ああ、俺はどうすればいいんだろう――どうすればよかったんだろう。

「本当に?」

 彼の目に、背筋が冷えた。初夏の陽気に。

 諒輔の目は、本気だった。

 口以上に、表情以上にものを言う彼の目が、本気だった。

「茉緒と何があったのか俺は知らないし訊かないけどさ、これは違うんじゃないの」

 ああ、違う。

 俺が喋らないようにし始めたのは、茉緒先輩と別れてからじゃない。でも、そんな風に返したらまたはぐらかされたと怒るのだろう?

 どうしろというのだ。

「俺が何を言って何を言わないかは自分で決める」

 絞り出すようなその言葉は、自分でも笑えるほど弱々しく聞こえた。

 しかし諒輔は少し顎に手を当てて考えたあと、静かに言った。

「一理ある」

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