game2. ―3
「じゃあ、そろそろ本題行っていい?」
「本題? ですか?」
「明季さん、ほんとにミステリ書きたいの?」
……それか。
一瞬、息が詰まった。歩きながら、ゆっくり息を吐く。ハル先輩はにこにこしたままで、足を動かしている。
「……どうして、そう思うんですか?」
「なんでだろ。何となくかな?」
ノー天気な声出すな。
「じゃあ、残念ですがその勘は間違ってます。
ミステリ面白いし、好きで書いてます」
「うん、心からそう思ってる人は、そんな頑なにならないんだよ」
……キレそう。
落ち着け自分。相手は野球部員だ、私が普段何を書いてるかなんて知らない人だ。
「純粋にミステリ好きな気持ちを否定されたら、頑なにもなります」
「ああそうか、ごめんね。でも、ミステリ好きは否定してないよ」
「じゃあ、さっきの発言は何なんですか」
「ミステリも好きなのは分かった。でも、読むのが好きなのと書くのが好きなのは、別問題なんじゃないかな?」
「……下手なら下手ってはっきり言ってくださいませんか」
「いや、そうじゃないそうじゃない」
先輩がまたにこっと笑う。本当に、何なんだこの人。
「ミステリなんて、書こうと思って書けるようなジャンルじゃない。きっと明季さん、頭いいんだろうなって思う。でも、その分損してるところもいっぱいあるんだろうね」
「何が言いたいんですか」
駅の手前の信号は、ちょうど青になったところだった。左右を見てから横断歩道に足を踏み入れる。ハル先輩がちゃんと渡り切れるか心配だ。
「書きたいもの書けばいいんだよ、って話。明季さんは……」
「書きたくないもの書いてるわけじゃありません!」
口から出たのは思いの外大きな声で。
驚いて足を止めてしまったのは私のほうだった。
ハル先輩は平然と前を歩き続ける。
周りの桜名生の視線に身を縮めながら、私は二、三歩小走りしてハル先輩に並び、横断歩道を渡り終えた。
「ご、ごめんなさい……」
「うん、大丈夫」
微笑みを崩さないでハル先輩が答える。正直に、大したものだと思った。
駅に着くと、ふたりは同じホームに入った。
「えっと、ハル先輩は、家どこらへんですか?」
「俺、ふたつ先なだけなんだ。だから、各停にしか乗らないよ」
「ふたつ先? 裾池駅ですか?」
驚いた。
「私も一緒です」
「え、そうなの!?」
ハル先輩もびっくりしたように言った。
「中学どこ?」
「川端中です」
「あー、隣だ。でも、駅からだとチャリだよね?」
「はい、自転車で二十分ぐらいかかります」
「そっか、俺は徒歩五分だからさ」
「近いですね」
よかった、それなら家まで送れるかも。
それにしても、びっくりだった。まさかハル先輩と地元が同じだったなんて……あれ?
っていうことは、
「あの、部長って」
「同じだよ。俺よりもうちょっと駅に近いくらい」
全然知らなかった……。
「今まで、一回も駅で会ったことありませんよ」
「んー、まあ、あいつのほうが通学歴長いしね。避けるのは簡単なんじゃないかな」
避けられてたのか。
「別にわざわざ避けなくても」
ちょっと不満げにそう言うと、ハル先輩も苦笑した。
「まあ、諒輔だからしょうがないと思って許してやってよ」
……確かに、駅で部長ににこやかに話し掛けられても困るけど。
そうこうしているうちに、電車が来た。
ハル先輩が席を見つけて座るのを見届けて、その横に立つ。
ハル先輩は、席に座れてようやくほっとできたみたいだ。
私ここにいる必要あるんだろうか。ふとそう思った。
ハル先輩の荷物持ってあげてる訳でもないし、ただ気を遣わせてるだけかもしれない。
ハル先輩が私をちょっと見上げて、
「明季さんの鞄、膝に置けるよ?」
と言った。
「あ、大丈夫です。すぐですし。それより、松葉杖持ってましょうか?」
「大丈夫だよー、すぐだし」
ハル先輩はにこっと笑って、また前を向いた。
ハル先輩は、ずっと笑顔を保っている。その顔が少し疲れてきていることに、私は気づき始めていた。
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