game6. ―2

 野球部員の会話を小耳に挟んだのは、ついさっき、帰りがけ、教室を出るときだった。

「えー、真澄先輩、今日も休み!?」

 そんな声が後ろから耳に飛び込んできて、私は思わず振り返った。見知った男子が数人、足早に近づいてくるところだった。クラスの男子、野球部仲間で仲良くしているグループだった。

「真澄先輩、キャプテンのくせに本当何なんだよ」

 普段私が呼ぶのとは違う、ハル先輩の下の名前だったけれど、私はすぐに反応することができた。それは紛れもない、ハル先輩への、愚痴――悪口だった。

「テスト明けてからずっとだぜ、午後練来ないの」

「せっかくみんな本気になってるのに」

「捻挫だからって顔ぐらい出せるだろ、キャプテン不在じゃ士気下がる」

「っていうか松葉杖そろそろ要らなさそう。朝練のとき、左足ほとんど地面ついてたよ」

「俺もそれ思ってた」

「真澄先輩、最近、カノジョできたらしいよ」

 その言葉にもう一度体が反応した。

「そうなの?」

 そうなの……?

 盗み聞きするわけではないけれど、さりげなく、歩調を緩めて彼らと並ぶ。

 ハル先輩に恋人ができたのだとしたら。言ってくれる――必要もないか。私は、ハル先輩の何者でもない。それを今、痛感した。

 でも、だったら私とハル先輩が毎日一緒に帰るのを、彼女さんは喜ばないのでは――

「俺は見てないけど。毎日一緒に帰ってるって先輩が」

 さっきとは違う意味で、鼓動が跳ねた。暑さとは関係のない汗が出るようだった。

「じゃ、病院は口実じゃん」

「松葉杖も? そこまでするか、普通?」

「あの人、野球バカだと思ってたんだけどな。がっかりだ」

 私の足はいつの間にか止まっていた。野球部員たちは、私を気に留めることもなく、廊下を過ぎ去っていった。

 ――私だった。

 スポーツとは体育の授業以外に縁のない人生を送ってきて、野球のルールも曖昧な私は、捻挫とか骨折とか大きい怪我をしたことがなかった。だから、平均的に何日間ぐらい松葉杖とか、病院に行く頻度とか、分からないけど……たぶん、あの部員たちの言っていたことは間違っていないんだろう。

 はじめて会った日ハル先輩は部活に行こうとしていたと言っていた。最近は、ずっと私と帰ってくれている。

 私のせいだった。

「直接言われたわけじゃないんだね?」

 念を押すようにハル先輩は私に聞く。私は頷く。そもそもハル先輩のことを、野球部とも何も関係のない私にわざわざ言うことなんて、と考えたところでハル先輩がまた問い掛けた。

「否定、してほしい?」

「……私に訊かれても」

「明季さんが関係ある部分について」

 あ。

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