game6. ―1

 病院ってそんなに毎日行くものなのだろうか、と薄々疑問には思いながらも、ハル先輩と帰る日々に甘んじている。私も、もう三日ほど部活に行っていない。

 連絡先は、交換していない。運動部の人たちが飛び出していったあと、私がちょっとゆっくりめに下駄箱に向かう。二年生の教室のほうから、ハル先輩がやってくる。今帰り? って聞かれて、はい、と答えれば、一緒に帰ろうと言われる。それを分かっていて――期待して、私は部室に行かず下駄箱でハル先輩を待つ。そんな日々。

 数日の間に、ハル先輩の左足はギプスが取れて、右足と同じ見た目をするようになった。歩くときも、地面に軽く触れている。でも先輩はまだ松葉杖を手放さなかった。

 今日も下駄箱の隅で立っている私に、気づいてハル先輩が笑顔を見せる。

「お待たせー」

「私も今来たとこです」

「帰る?」

「あ、あの」

 体の向きを変えたハル先輩が、優しい笑顔で振り返った。

「……いえ」

 ハル先輩を部活から引き剥がしたいのではない。ハル先輩を傷つけずに、今の野球部員の会話を知らせずに、私が彼と帰りたくないと勘違いさせずに、伝える方法を考えなければいけなから。

 なんて、言い訳なのは分かっていた。ハル先輩と一緒に帰る毎日に、終わってほしくないだけだった。

「昨日の続き、考えた?」

「主人公のピエロの男の子、竜の子どもをパートナーにしようと思うんです」

「竜かあ。いいね」

「サーカスの中でふたりがいつも仲良しなんです」

 話題はいつも、私の書こうとしているファンタジー小説の構想だった。ハル先輩は、私が語るに、何も口を挟まず全肯定してくるので、逆にちょっと心配になる。

「ところで、ハル先輩」

 何気なく私に相槌を打つハル先輩は、いつも優しい顔をしていた。電車を降りたところで私の自転車にハル先輩の荷物を乗せるのは、もう恒例になってもいい頃なのに、ハル先輩は毎度律義に遠慮して、そしてこれまた毎度私は鞄を半ば無理やり荷台に乗せる。

「捻挫って、どれくらいで治るんですか?」

 その質問は雑談として不自然でないはずだった。しかし、ハル先輩の笑顔が強張った。

「……どうして」

 その声は珍しく冷えていた。

「いえ、ハル先輩、しばらく部活行ってない気がして」

 ハル先輩がはっと気が付いたような顔をする。

「ごめん、明季さん部活行きたかったら俺なんて気にせず行ってくれたら」

「じゃなくて」

 伝わっていない。はっきり伝えることができない私も悪いのだけれど。

「ええと、私運動部に所属したことないですし、分かんないですけど、チーム競技の運動部って、そんなにお休みするものではないイメージがあって」

 どうしても物言いが苦し紛れになる。

「ハル先輩、部長って言ってましたし――」

「部員に何か言われた?」

 どきりと心臓が跳ねた。ハル先輩はこういうとき、勘が鋭いということは出会った日から何となく分かっていた。

 言い淀む私に、ハル先輩は、ごめんと謝った。

「明季さんにまで迷惑掛けて」

「いえ、私が直接言われたとかじゃないんです」

 そして私はこういうとき、黙る以外の繕い方を知らない。咄嗟の嘘は苦手だった。上手に誤魔化そうとしたって、バレるのは時間の問題だったのだ。はじめから変な言い方しなければよかった。

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