game5. ―2
ハル先輩の真剣な声色に、心臓が強く鳴る。
「書いて、くれませんか」
何を、と聞こうと思ったけれど、喉が詰まって言えなかった。
「明季さんの書きたいものは、何ですか」
「似合わないんです」
私の口から出た声は、意に反して泣きそうで、恥ずかしくなって私は咳ばらいをした。
「似合わない?」
ハル先輩が聞き返す。
「……似合わないんです」
「そんなことないと思うけどなぁ」
そのハル先輩のひとことが、不覚にもちょっと……嬉しかった。
「そんなことあるんです。似合わないんです。私が好きなのは、絵本みたいな、ちっちゃい子に手にとってもらえるような、童話みたいな、もっと可愛い子が書くような、」
「似合うと思う」
遮られた。
「いいんじゃない? 部類としては、ファンタジー、になるのかな。そういうほんわかしたの。明季さん、情景描写が上手いからさ。綺麗に書きそう」
……そんな風に言われたこと、なかった。
それ以前に、こんな話を人としたことがなかった。
「明季さん可愛いし」
そのお世辞については全力で否定させていただきますが。
「ミステリの状況描写って、難しそうだよね。書いたことないから知ったような口きけないけどさ。フラグとかキーになるものを、フラグだって気づかれないように散りばめなきゃいけないわけでしょ? あからさまに書けないけど、存在は登場させないといけない。明季さんの初夏の作品読んだけど、綺麗な文章書くひとだな、って思った」
私は、微笑みながら語るハル先輩を、ただ見つめているしかできなかった。
昨日出会ったばかりの人に、こんな話をしてしまった自分も不思議だった。
「だいたいさ、いい年した汚いおっさんが少女の初恋書いたり、男子高生が人生語ったりしてるわけですよ。明季さんに童話が似合うとか似合わないとかの話じゃないって」
そう言われると、そんな気がしてしまう。
でも。
「書いてみたら? 一回でいいからさ」
その言葉に、素直にはいとは言えなかった。
ここまで言ってくれたのに。
「やっぱり……難しいっていうか……」
歯切れの悪い返事しかできない。
申し訳ない。
「銀木犀はミステリっていうイメージがもうついちゃってるんで、いいんです」
「そっかー」
身を引いてくれた、とほっとした半面、そんなにあっさり引いちゃうの、とちょっとだけ思った。
でも、それはどうせ杞憂だった。
「じゃあさ、厚かましいお願いしていい?」
ハル先輩がそう言って、私は再び顔をあげた。
「書いてください。文芸部の活動とは全く関係なく」
それは――
「どういうことですか?」
「明季さんが、文芸部でミステリを主として活動してるのとは関係ない。俺が、明季さんが書いたミステリを読んだ俺が、明季さんがファンタジー書いたらどうなるんだろうって興味を持った。だから、書いてくれませんか。別に、部活に出さなくていい。俺も、諒輔に勝手に見せたり、見つけられるような雑な管理しないって約束する」
ハル先輩の目は、本気だった。笑顔の中にいても、笑っていない目。
「読んでみたい。明季さんが、書きたいものを書きたいように書いた物語」
私は、いつの間にか握りしめていた手をそっと開いた。そして、もう一度閉じた。
そして、俯くように頷いた。
顔をあげたときに、ハル先輩の心からの笑顔を見たいと思ったから。
「喋ってくれてありがとう」
見たいと思ったはずなのに、その笑顔を見て、私はまた顔を伏せてしまった。
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