game5. ―1

 昨日と同じ、帰り道。ハル先輩の話題は唐突だった。

「諒輔の話、知ってる?」

 この人は本当に部長が好きだな、と、私は内心苦笑する。

「部長の、何の話ですか?」

「部誌に作品載せない理由」

「いえ、知らないです」

 そんな理由らしい理由があるなんて、考えたこともなかった。部長が話してくれたこともない。

「去年、諒輔が一年生だったころの『初夏』なんだけど」

 我が文芸部では、年に三回部誌を発行する。一学期の終わり、一年のはじめの部誌が『初夏』。二学期の終わりが『晩秋』で、三学期の終わりが『迎春』と呼ばれている。ついテスト前に発行が終わったのが、私たちのデビュー号『初夏』だ。

「ひとつだけ、諒輔の作品が載ってるんだよね」

「本当ですか!?」

 素で驚いてしまった。初耳だった。

「そう。やっぱりみんな知らないのか、今の一年生は」

 まあ、諒輔からは言わないだろうからね、とハル先輩は松葉杖をついたまま、器用に肩を竦めた。

「俺は文芸部員じゃないし、直接見たわけじゃないし」

 ハル先輩は、そう前置きした。

「本人たち喋りたがらないから、周りの文芸部員とかに訊き回った総合の情報によると、としか言えないんだけど。諒輔がはじめて当時の部長――茉緒先輩に作品出したときね」

 学校から駅への緩い下り坂。ハル先輩の速さに合わせて歩く。

「笑っちゃったみたいなんだよ」

「え……部長の作品を、ですか?」

「諒輔本人を、って言ったほうがいいのかな。『諒輔ってこんなの書く人だったんだね』『似合わない』って」

 それって、

「……禁句……なんじゃないですか?」

 いくら仲良かったっていっても。

「俺もそう思うよ」

 ハル先輩は、ちょっと悲しそうに笑った。

「いろいろタイミングが悪かったみたいではあるんだけど――それ以来、自分が書いたもの誰にも見せなくなっちゃって」

「茉緒先輩は、謝ったんですか?」

「一応。でも、プライドなのか『謝れって言われたから仕方なく』っていうスタンスから抜け出せなくて。ほぼ意味なかったみたい」

 いちばん認めてほしかったひとだったろうに、という、ハル先輩の呟きを、私は聞き逃さなかった。

 体験入部のときに会った茉緒先輩の姿が目に浮かぶ。それが、私が茉緒先輩を見た最後だと思う。可愛らしい、女子高生然とした女の子だった。私とは正反対のタイプ。

 認めてもらいたかったひと。

 幼馴染みのお姉ちゃんであり、同じ部活の先輩であり――

「部長は、茉緒先輩のこと好きだったんですか?」

「え」

 ハル先輩の笑顔が消えかけた。が、すぐに取り戻す。

「……どうしてそう思うの?」

「何となくです。当たってるんですか?」

「うーん、まあ……当時はね」

 ハル先輩は、言いにくそうに答えた。本人のいないところで、あんまり聞いちゃいけないことだった。申し訳ない。そう思いながら私は話題をもとに戻した。

「だから私のことも、気にかけてくださったんですね、ハル先輩は」

 部長と同じような失敗をしようとしているから――ハル先輩が私の作品について疑問を投げたとき、部長は「俺と同じ」と言った。書きたいものを書いていないという意味で、私も部長と同じだと、そういう意味で言われたのなら。今なら分かる。

「それもあるし、単純に、銀木犀さんが好きだった」

 不意にハル先輩がそう言って、私は思わず彼の顔を見た。

 ちょうど駅前の信号で立ち止まったところだった。ハル先輩は、目を伏せて、静かに微笑んでいた。

「銀木犀さんが、書きたいもの書きたいように書いた作品、読んでみたいと思っちゃっただけ。俺の勝手。なのに押し付けるようなこと言って」

「ごめんなさい」

 遮った。

 ハル先輩が私を見て、慌てて私は視線を前方に戻した。

「謝らせてごめんなさい」

 だって、間違っていないから。

 ハル先輩は、次の言葉が出ないようだった。私も、続きが思い浮かばなかった。だって、ハル先輩は間違ってないから謝らないでなんて言ってしまったら、認めてしまうことになるから。

 沈黙が破られたのは、信号を渡って駅に入って、電車を待っているときだった。

「明季さん――銀木犀さん」

「……はい」

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