game4.

 いちばん南の棟の、一階、廊下の奥の突き当たりが文芸部室だ。

 明らかに、二年生の教室から下駄箱を通って帰る道中でも、野球部の練習に行く道中でもない、こんな時間なら人通りも文芸部員以外ありえない、そんな場所で、松葉杖の男子が壁に凭れて立っていた。

「ハル先輩?」

 声を掛けると、先輩はようやくスマホから顔をあげた。

「ああ、明季さん」

 どうしたんだろう、こんなところで。

「部長に用事ですか? 呼んできましょうか?」

「いや、大丈夫」

 壁から体を起こしてこっちに向かってくる。私は小走りでハル先輩に近づいた。

「明季さんに用事。今日部活来てくれてよかった」

 よかった、と言ったハル先輩に応じて、私も、よかったと思う。今日は、昨日部長に渡した原稿が返ってきているかだけ確認して帰ろうと思っていたのだった。じゃなかったら、ハル先輩はずっとここで待ち呆けていたところだった。

「私に何か……?」

「明季さん」

 ハル先輩が急に居住まいを正して、私もつられて背筋を伸ばす。

「昨日はごめんなさい」

「え」

 昨日、とは。

「俺が軽々しく口を出すことじゃなかった。ミステリよりもっと書きたいものがあるんじゃないのとか。明季さんの考えは明季さんにしか分からないのに」

 そんな、

「謝らないでください」

「でも」

「謝らないでください」

 もう一度強く言うと、ハル先輩はようやく黙った。

「私、ハル先輩が思ってるほど気分を害してません。大丈夫ですから」

「でも、怒ってたでしょう?」

「怒ってないです」

 あのとき、大きな声を出してしまったのは――

「びっくりしちゃっただけなんです」

 初対面の人に、見透かされて。そんなに私、分かりやすかったかなって。もしかして、周りにも――琴花にも、バレているのではないかって。

 そこで、やっと自覚した。私、書きたいんだ。

 ミステリじゃないものが。

「わかった」

 ハル先輩は、ゆっくりと頷く。私は俯く。自分の卑怯さに気が付いて。

 もっと私を怒らせてくれたらいいのに。もっと背中を押してくれたらいいのに。そんな他力本願なことを考えている。

「じゃあ、俺、行くね」

 松葉杖と片足で方向転換したハル先輩に、咄嗟に声を掛けた。

「部活ですか」

「いや、帰る。今日も病院」

「送っていきましょうか」

 ハル先輩が驚いたような顔をする。部長と違って、よく笑うし、よく表情も出る人だ。

「明季さん、部活行くところでしょう?」

「昨日部長に渡した原稿、返ってきてるか見に行こうと思っただけなんです。急ぎじゃありません」

 どうせ、次の〆切は二学期末だ。それまで、忙しい日なんて存在しない。

 まだ迷う素振りを見せるハル先輩より先に歩き出すと、先輩は、それなら、と呟きながら下駄箱に向かって歩き出した。

 私はまだ期待している自分に嫌悪感を感じながら、唇をぎゅっと結んだ。

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