switch 曲がり角の先

 背後から掛けられた聞き覚えのある声に、

「なにー、もう新しいカノジョ作ってんのー?」

 立ち止まって振り返った。

 茉緒先輩がそこにいた。

「切り替え早いぞこのやろー」

 冗談めかして小突かれて、よろめいた。あ、ごめん、と茉緒先輩が慌てて手を貸す。

「……鞄、持とうか?」

 その申し出を言葉少なに断って、とりあえず足を進める。

「何やらかしたの、捻挫? 骨折? 大丈夫?」

「捻挫です。部活で」

 普通それ一番に訊くだろ、と思ったが、自分が苛ついている自覚はあるので何も言わないようにする。

 久々に会った茉緒先輩には悪いが、正直、疲れている。

「で、今の子誰? 桜名生だよね?」

「文芸部の一年生ですよ。たまたま送ってくれただけ」

「またまたぁー。怪我してるハルちゃんのほうがちょっと遠回りしてまで一緒に帰ってるぐらいなのに?」

 ……否定できない。下心を含んでいることは。

 明季さんのルートに沿うために最短ルートをやめたから……って訳でもないだろうが、足が痛い。

 でも、勘違いしてはいけないのは。

 俺と明季さんとは初対面だ。カノジョどころか恋愛感情さえない。明季さんの中身について、俺は本当に全く知らないはずなのだ。

 俺が惚れたのは、明季さんじゃない。銀木犀さんの作品だ。

 なんて態々考えるのもまるで自分に言い聞かせているようだと、俺は更に仏頂面をした。

「カノジョさんなんでしょ? ちょっと早すぎやしないかいっ?」

 なおもそう言い募る茉緒先輩に、

「自分はころころ彼氏変えてる癖に」

 反射的に口応えのような言葉が小さく漏れた。

 言ってから、あ、と思った。

 数歩後ろで笑顔を凍りつかせた茉緒先輩が、慌てて俺に追い付こうとするところだった。

 ……しまったな……。

「すみません」

 松葉杖で動きにくいなりに頭を下げる。

 いくら疲れてるからって、いくら自分が痛いところ突かれたからって、茉緒先輩をこんな風に傷つけるのは本望じゃない。

「いいのいいの、事実だしー」

 全然よくない顔で、茉緒先輩がひらひらと手を振る。

 そんなこと言わないでほしい。言わせたの自分だけど。

「いえ、過去のことでした。すみません」

 茉緒先輩のわざとらしい笑顔が、すっと薄まった。

 彼女は、まだ同じ人のことが好きなんだろうか。

「あのー……私もごめんね。早く素敵なカノジョ作りなよ。さっきの子、可愛いと思うよ」

 茉緒先輩がおずおずといった感じで言ったその言葉に、俺は少なからず驚いていた。

「……茉緒先輩が謝ってくれるとは思いませんでした」

「うっ……うるさいなぁ!」

「だって、昔だったら年下に謝るとかあり得な……」

「私だって成長してるの!」

 台詞を皆まで言わせず、茉緒先輩が会話を強制終了させる。

 頬が緩んだ。

 ……そうか。

 茉緒ちゃんも、頑張ってるんだな。

「……じゃなきゃ追い付けないもん」

 不貞腐れたような口調に、切なさは隠しきれていなかった。

「……相手、年下っすよ」

「分かってる!」

 ひとこと言うだけで噛みついてくる。このテンポ感が何となく懐かしく、心地よかった。

 こんな風に、また三人で喋れる日が来るといいな。

 そんなことを思いながら、茉緒先輩と別れる頃には、不思議と疲れが取れたような気がしていた。

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