switch 明かりを点けない野球部室 ―2
それが逆に見放されたように思えたのは、俺が馬鹿だった。
「俺がハルの信頼を勝ち取れていないのは、俺の非だな。悪かった」
「違う、そうじゃない」
信頼してないわけじゃないんだ。幸せになってほしいだけなんだ。そこを誤解されては困る。
けれど俺の訂正なんて聞かずに、諒輔は俺に背を向けた。部室の入り口から逆光が差す。
「諒輔」
「何を言って何を言わないかは俺の勝手だ」
諒輔の声は静かだった。
「だから、勝手に言わせてもらう」
何を、と、俺は諒輔に見えていないところで身構える。
「見てて痛々しい」
そのまま部室を出ていこうとする諒輔を――そのまま行かせるわけにはいかなかった。
「諒輔」
諒輔は足を止めた。部室の敷居を跨ぐ寸前だった。
「何」
尖った声。諒輔がこんなに感情を出すのは、珍しい。こんなに怒ってくれるなんて嬉しいね。
こんな俺に対して。
「人のこと言えるわけ?」
諒輔がゆっくり振り返った。俺はもう立ち上がっていた。振り返った諒輔の、胸座は目前だった。
「痛々しいのはそっちだって言ってんだよ!」
ごめん、そろそろ言われっぱなしも限界だ。諒輔が、眼鏡の奥の目を見開く。俺の顔からは完全に笑みが消えていた。
「自分で分かってんだろこのままじゃいけないって! あの文芸部、かなり異常だって気づいてるんだろ! 言えよ、助けを求めろよ! 茉緒ちゃんは受験生だから難しいにしろ、俺だって相談ぐらい乗るし、」
見てて痛々しいんだよ。
お前は。
「何も喋ってくれなくなったのは、お前じゃないのかよ。そりゃ、俺に原因があるのは認めるよ、でも、俺が言える立場じゃないかもしれないけど、黙ってんなよって何度も思ったよ」
俺が喋らないようにし始めたのは、茉緒ちゃんと別れてからだと、諒輔はそう言った。本当は、違う。限りなく近いけれど、違う。俺が諒輔に余計なことを言わないようにし始めたのは、
「俺だって人のこと言えないけど、それはお前も同じだろ」
お前に愚痴ったことを後悔したからだよ。
お前らふたりは、うまく行くはずだったんだ。
俺が感情に任せなければ、お前はまだ茉緒ちゃんのことが好きだったんだ。
そうだろう?
「もっと文句言えよ、責めろよ、詰れよ、裏切られたんだぞ分かってんだろ!? 俺が別に茉緒ちゃんのこと好きじゃなかったと思ってんだろ? 茉緒ちゃんに告られたから、惚れたと思ってんだろ? 告られたから、前から好きだったことにしたと思ってんだろ? 告られたから、まだ告られる前だってことにしてお前にも言ったと思ってんだろ!?」
何だよ、茉緒ちゃんのことって。
足のことって。
明季さんのことって。何も知らない癖に――
「何も知らない癖に」
「何も喋ってくれない癖に?」
「……黙れ」
「ハル」
胸座を掴まれたまま、諒輔は冷静だった。その無表情が憎らしくて、俺は乱暴に手を離した。
「ハル」
諒輔がもう一度俺の名を呼ぶ。
「何」
「人の気持ちを捏造するな」
「……捏造」
「俺はまだちゃんとお前と話していない」
「話すことなんてない」
だってこれ以上話したら。
いや、もう遅いか。
諒輔の前をすり抜けて、部室から出ようとする。外が騒がしい。休憩も終わりだ。
諒輔が俺の背中に声を掛けた。
「逃げるんだ?」
逃げるさ。
だって。
「勝ち目のない勝負はもうごめんだ」
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