はじめに ―2

 彼の手が、ふっと離れた。私は思わず目を開けて、顔をあげた。

「茉緒ちゃん」

 彼は、いつも通り微笑んでいた。私もちょっと笑顔を浮かべた。

「なに?」

「別れよっか」

「……え?」

 反応が後れた。

 彼は唐突に立ち上がって、誰もいなくなったグラウンドを見渡した。まるで、当然のように。

 冗談──ではなさそうだ。

「なんで急にそんなこと、」

 言いかけた私に、

「茉緒ちゃんがいちばんよく分かってるでしょ」

 ……全くわからない。

 ハルちゃんは今まで一度も、そんな素振り見せなかった。だけど……もしかして、ずっと別れたいと思ってたの?

 いつから? どうして? 私、何かした?

 混乱する私を一瞥して、ハルちゃんがため息をついた。

「俺の隣で他の男見つめてるようなひとと、」

 え、

 一瞬言っている意味が分からなかった。

 そしてようやく咀嚼できた瞬間、頭が真っ白になった。

「名前だけ恋人騙ってても嬉しくもなんともありません」

 目を逸らして言う彼に、言葉が出なかった。

 彼が、笑顔を作る。でも、いつもの笑顔と少し違う。作り笑いだと分かる顔。

「じゃあ」

 ハルちゃんはそう言って、桜の下を足早に抜けた。

 振り向かずに遠ざかる彼の背を、私は硬直したまま見ているしかなかった。

 ──そんなわけがない。私はハルちゃんが好きだから、付き合っていたんだ。

 他の男、と言われて真っ先に浮かんだ顔を、首を振って打ち消す。

 まさか。

 まさか、私が未だに諒輔のことが好きなんて、そんなわけ──、

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