game1. ―3
部長の言葉を軽くいなし、にこやかに私に手を振ってくるその野球部員(仮)に、反感を覚えた。
初対面の癖に馴れ馴れしいからかもしれない。彼のような、初対面から距離を詰めてくる人間は、今までの経験上はっきり言って苦手だ。その上、話したこともないのに、私の文章だけを読んで、勝手に勝手な推測をして。
ただ、絶対うわべだけ取り繕って校則に引っ掛かるタイプだと思って扉を開けた、その推測は間違っていた。ワイシャツのボタンは留めてあるし、そこそこ格好いいし。
……格好いいとか。柄にもないことを。私は少し目を伏せた。ガールズトークは専門外だ。恋愛もイケメンも興味ない。そんな女の子らしい話題は、私とは次元が違う。
それより、
「なんで、そこにいるのが私だって分かったんですか?」
せっかくエアコンに冷まされた部室の空気が逃げるので、私は敷居を跨いでドアを閉めた。部室の中に、私と、部長と、部長の友人。いつもだったら考えられない。
音が響くことさえ知っていれば、誰かが来たことぐらいすぐ分かる。私の立ち位置的に、人影が磨りガラス越しに見えたかもしれない。でも色がぼんやり見えるぐらいで、来た誰かが私だっていうのは。
部長が、言葉少なに答えた。
「未だにカーディガン着てるの城島だけだから」
あー……意外。この人、そういうのちゃんと見てるんだ。で、覚えてるんだ。
確かに、この学校指定のグレーのカーディガンは、色だけで区別がつく。
「教室、エアコン寒くて」
確かに、もうすぐ夏休みという今、見た目には暑苦しいかもしれない。
野球部員が、口を挟んだ。
「さっきの俺らの会話、聞こえちゃってた?」
「……まあ」
「だよね」
そして困ったように笑った。
「ごめんね」
……なんで謝る。
「ハル、そろそろ」
「あー、分かった分かった」
部長の声に、ハルと呼ばれた野球部員が顔を引っ込めた。座ったまま床から鞄を引っ張り上げて、肩に掛けたようだ。
なんでだろう、普通、鞄は立ってから持ち上げるような……。
それから、彼はふらっと立ち上がった。
「あっ」
松葉杖で体を支えている。
私にも全身が見える場所に移動してきた彼の左足の靴下は、歪な形をして床から浮いていた。
「じゃあ、部活も始まっちゃうことだし帰ります。銀木犀さんの次の作品も楽しみにしてるね」
私に向かって、ウインク。キザ。苦手確定。
私がドアを開けると、彼は危なっかしく廊下に出た。外から扉を閉める瞬間に、私が目で追っていることに気づいてピースサインを投げる。そういうところよ。
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