game1. ―2

「っていうかさー」

 もう一人のほうの声が、唐突に言った。

「この……みことさんの次の『銀木犀』さんってさあ」

 その発言に私は咄嗟に拳を握り締め、一層耳を聳てた。銀木犀は、私のペンネームだ。

「俺、かなり好きなんだけど」

 その言葉に胸が高まった。お世辞かどうか分からない友人や部員同士以外から、はっきり感想を述べられたことがなかったから、嬉しかった。

 のに。

「けど、このひと、ほんとにミステリ書きたいのかな?」

 彼が続けた言葉で、何か冷たいものが、胃のあたりにするりと流れ込んだような気がした。全身が強張った。

 ドアの向こうで、部長が声を発した。

「……やっぱ、そう思う?」

「うん。部活としては別に、誰々はこのジャンルじゃなきゃ駄目とか、固定はしてないんだよね?」

「自由、自由。何書いても、特にジャンルに分類できなくても。……ああ、でもそいつは……」

 少し間があった。

「俺と同じかも」

「……そっかあ」

 ……なにが?

 部長と、同じ?

 文芸部部長の癖に作品をひとつも出したことがない人と、何が同じなの? どうして何も作品を書かないのか、その理由さえも言ってくれない癖に?

 入部当初、部長という役職は、自作はしないものなのかと思ってしまったくらいだ。過去の部誌を繰っていて、歴代部長も作品を載せているのを見つけて、やっとこの人だけ例外だと気づいたのだ。文芸作品が作りたくて文芸部に入ったはずだ。部長になったからって書いてはいけないなんて、そんなことはないはずだ。

 そもそも部員と全く交流しない部長に、私の何が分かるっていうの?

 そのとき、

「っていうか、本人そこにいるんだけど」

 声のトーンを落とした部長の言葉に、肩が跳ねた。

「え? 銀木犀、さん?」

「そう」

 しまった。どうしよう。逃げるという選択肢が一瞬頭をよぎったけど、逃げたって事態は悪化しかしない。盗み聞きがまるで故意であるみたいになってしまうし、部室から伸びる直線の廊下を走り切る前に、扉を開けて後姿を確認されるだろう。残念ながら、私の体育の成績はそんなに芳しくない。

「銀木犀さん? 入っておいでよ」

 部長じゃない方の声が言って、私は恐る恐る扉に手を掛けた。

 お前の言う台詞じゃねーよ部外者、と部長が呟くのと、私が部室のドアを開けたのが同時だった。

 ドアを開けると、いつもの席でパソコンに向かう部長──と、その奥の空いた椅子に座った知らない男子が、雑多に物が積まれた机の向こうからひょっこり顔をのぞかせた。

 私は素早く観察した。

 顔しか見えないけど、たぶん部長と同じ二年生の、……たぶん、野球部員。うちの高校で坊主頭となれば、九十九パーセントの確率で野球部員とみて間違いない。

「帰れよ、ハル」

「まあまあ」

 クラスメイトの野球部員は、久々の部活だと言って喜び勇んで教室を飛び出していった。彼は、部活に行かなくていいのだろうか。部長の友人ならたぶん二年生、私のクラスメイトよりずっと重要な立場のはずだ。運動部に所属したことがないので、レギュラー争いとか、イメージでしか分からないけれど。

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