game7. ―2

 体をやや左に傾いだ後姿が、バッターの硬球を待っている。

「大丈夫かな」

 無意識に口から出た言葉に、部長が答えた。

「大丈夫じゃないと思うよ」

 思わず部長の顔を見るも、いつもどおりの無表情だった。私たちはグラウンドの隅に植わっている桜の樹のあたりまで来た。ちょうど、そこの校舎の端っこの窓が文芸部室のはずだ。

 誰かがカーテンを開けたら、部長と私が一緒にいるのが見える。内心どきどきしながら、閉ざされた窓にフェンス越しの一瞥をくれる。杞憂なのは分かっていながらもやはり不安で、私は窓から見て桜の樹の裏側にさりげなく身を隠した――私が入部してから、大掃除以外でカーテンが開けられたことなどなかったのだけれど。本や紙が日に焼けるし、開けるような用事もない。

 キン、と良い音が響くたびに、白い小さなボールがグラウンドを駆ける。プレイヤーたちは俊敏にそれを追う。一塁側に転がり、三塁側に転がり、白球がとうとう真っ直ぐ、二塁野手の頭上を越える。

 ハル先輩の頭上も軽々と越える軌跡を描く。

 ああ、もう、ハル先輩に走らせないでよなんて願いは虚しく、ハル先輩は復帰直後とは思えない動きで――

 ――はっや!!

 ハル先輩がこんなに足が速いとは知らなかった。手足が長いのも確かだし、スタートの反応と加速が、運動音痴の私でも分かるほど、早い。

 軽々とハル先輩の頭上を越えるはずだったボールに、ハル先輩が追い付く――

 と、思った瞬間、ハル先輩がその場に崩れた。

 受け身を取って背中からグラウンドに転がる。汗をかいたユニフォームに、砂が纏わりつく。騒がしかったはずのグラウンドから、音が消えた。隣で活動しているサッカー部の掛け声までも、遠く聞こえた。

「ハル!」

 沈黙を破ったのは、近くにいた野球部員が駆け寄る声だった。

「大丈夫か」

「捻挫、完全には治ってない?」

「一旦休め」

 グラウンドで叫ぶようにそう言う野球部員の声は聞こえた。ハル先輩が地べたに座ったまま体を起こして、自分で背中の砂を払い、彼らに何か言う声は、聞き取れなかった。じきにハル先輩は立ち上がって、野球部のほうに向かって大きくマルのサインを出す、その表情も見えなかった。

 野球部員がもとの立ち位置に戻っていく。このまま再開する気だ。大丈夫なわけがない。だって転ぶ瞬間のハル先輩の顔は、あんなに歪んでいた。

「あの馬鹿」

 呟く声が聞こえた。視界の端で立っている部長から発せられたものだった。

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