game7. ―3

 それから十分ほど練習は続いて、バッターの順番待ちをしていた部員がタイマーの音に反応して両手を大きく振る。それを見たハル先輩が、休憩ー、と叫んだ。マネージャーの姿のない野球部で、練習メニューを組んで号令を掛けるのは部長のハル先輩なのだ、と今気づいた。もちろんハル先輩のいない間は、副部長か誰かがやっていたのだろうけど。

 運動部の夏なんて、二リットルの水筒を持ってきたって朝練と日中で尽きている。水を飲みに水道に群がる部員の中で、ひとり輪を抜け、グラウンドの奥にある、運動部の部室棟に向かうハル先輩を私は見逃さなかった。

 部長も見逃さなかった。

 部長がスリッパのままグラウンドに出る。ハル先輩のあとを追うように真っ直ぐ歩く。

 歩きながら、部長がちょっと振り返って私に視線を送った。

 えーと……。

 来いってことだろうか。

 逡巡して動かない私に、部長がもう一度だけ振り返る。私は観念して、グラウンドの端の芝が生えているところを辿って目立たないように部室棟へ向かった。

 グラウンド奥の部室棟に近づいたのは、この高校に入学してはじめてのことだった。そもそも体育の授業か行事でもなければグラウンドにすら入らないし、体育の授業も、選択になってからずっとバレーか卓球を選択している私だ。

 ゆったりとグラウンドを横断する部長と、急ぎ足で遠回りする私が部室棟の端っこの部屋に辿り着いたのはほぼ同時だった。ドアの上に野球部と書かれているプレートを見る。ドアを入ってすぐのところで立ち止まった部長の背中を見る。中の明かりはついていない。真昼の西日が入るから、明かりをつける必要もないのかもしれない。私が部長が中に向かって声を掛けた。

「ハル」

「……諒輔。どうしたの」

 ハル先輩の姿は見えなかったけれど、中にいるのは紛れもなく、さっき独りで部室棟に向かった人だった。

「ハル、今日帰るんじゃなかったの」

「毎日帰ってるわけにはいかないよ。一応役職持ちなんだから」

 その声は笑っているように聞こえた。部長がため息をついて中に入る。私は動けずに入り口で待っている。

「それより、明季さん連れてきたのはどういう風の吹き回し?」

 ハル先輩の陽気な声が言う。ハル先輩は私が来ていることを知っている、と思って姿を現そうとしたが、

「明季さん、桜のとこに一人で残してきたの?」

 ああ、『連れてきた』って、この野球部室にじゃなくて、グラウンドにって意味だ、と気づいて足を止める。いや、隠れているわけにはいかないから、自分がここにいると主張したほうがいいのかもしれない、と迷っているうちに会話は進む。

「城島は帰した。ハルの様子見に来るていだから。いつもあそこにいるとかそういう話はしてない」

「そう」

 どうして嘘をついたのですか。

 黙っていたほうがいいのだろうか。でもそれはハル先輩を騙しているようで気が引ける。主体的に嘘をついているのは部長だけれど、黙っている時点で私も同罪だ。

 昨日の今頃は隣を歩いていたハル先輩が、ずいぶん遠く感じることに私は酷く戸惑っていた。

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