第十五話 拘束

 暗い寝袋の中から照明の下にさらされ、めぐみはまぶしそうに目を細めた。後ろ手に縛られているのか身じろぎもしない。

 克己がファスナーを全開にすると、グレーのセーターを着た彼女の胸は上下をロープで縛られ、デニムを履いた膝と足首にはガムテープが巻きついていた。

 身動きが取れないまま、目の前の男をにらみつける。

「まさか、また会えるとは思わなかったぜ。この前は邪魔が入ったが、今夜こそたっぷりと可愛がってやるからな」

 下卑た笑いを浮かべた克己がめぐみの体を起こしながら寝袋を取りのぞいた。その間も、縛られて強調された胸のふくらみを無遠慮に見まわしている。


「この状況でも無駄に暴れたりしないで大人しく運ばれてくるとは、よっぽど肝の座った女のようだな」

 ソファへ腰を下ろした上林が床に座るめぐみの顔を覗き込んだ。ジャケットの下から白いシャツに施された龍の刺繍がのぞいている。

 隣に置いた紙袋からノートパソコンを取り出した。

 それを見て彼女は目を見開く。

「そう、おまえのパソコンだ。あのテーブルにはUSBは見当たらなかった。データは全部ここに入っているんだろ? パソコンのパスワードを教えてもらおうか」

 上林は黙ったままワタルを見上げると、あごをしゃくった。

 ワタルはめぐみの横に立ち、口のガムテープを一気にがした。

「痛いじゃないの!」

「おまえ、自分の立場が分かってんのかよ」

 毒づく彼女へ、長身を折り曲げたワタルが顔を近づけて凄む。

「大きな声を出すわよ」

「やってみな」

 小ばかにしたようにワタルが鼻を鳴らした。

「このビルは神栄会ウチで持ってるんだよ。すぐ下の階は空き室だし、他は風俗だ。おまえが声を出したって気にする奴なんかいやしねぇ」


「あんたたち、何が目的なの?」

 自由になったのは口だけなのに、めぐみはひるまない。

 それをさも可笑しそうに上林は眺めている。

「まったく。気の強い女だ」

 ソファのひじ掛けに左肘をついて頭を乗せた。

「おまえが調べたことをすべて渡してもらう。そう言えば何のことだかわかるだろ」

「新井総合病院のことなら、もう話はついているはずよ」

 めぐみは口を尖らせた。

「知らねぇなぁ。こっちは当の院長から頼まれてるんでね。どんな方法でもいいからデータを消してくれって」

「それならパソコンごと壊せばいいじゃない」


「それは困るんだよ。俺たちはそのデータも欲しいんだ」

 体を起こした上林が身を乗り出してささやくように言った。

 薄い笑みを浮かべているが目は笑っていない。


「あんたたちが院長をゆする気ね」

「相手の弱みはどんなに多く持っていても困ることはないからな」

「最低ね」

 いきなりワタルがめぐみの左頬を平手で叩いた。あっ、と声をあげて座ったまま右へ倒れた彼女をすぐに抱き起こして再び座らせる。

「おいおい。まだ顔は止めておけ。あとで撮るときに引っぱたいた方が臨場感があって売れるからな」

 丸テーブルの上に置かれたビデオカメラへ克己が手を伸ばした。

「早く始めましょうよ」

「慌てるな。時間はたっぷりある。アキラが戻って来てからでいいだろう」

 上林は立ち上がり、窓の方へ歩いていく。床まで伸びた窓は腰の高さまで曇りガラスになっていた。

 道路に面したバルコニーには屋根がない。

 星の見えない夜空を見上げながら、上林は紫煙をくゆらせた。


「アキラが帰ってきました」

 呼びに来たワタルへ軽く手を挙げ、部屋の中へと戻る。

「遅かったじゃねぇか」

「すいません。車はすぐに停められたんですがコンビニが混んでて」

 両手にレジ袋をぶら下げた金髪の若い男が頭を下げた。

「ちゃんと買ってきたんだろうな?」

 克己が片方の袋を取り上げて中を覗き込む。

「バッチリっすよ」

 アキラが袋へ手を入れた。丸テーブルに乗りきらないほどの缶ビールや缶チューハイ、チーズ、スナック菓子などが並べられていく。

「赤ワインまであるじゃねぇか。気が利いてるな」

 ボトルを見た上林にほめられ、アキラはうれしそうに頭をかいた。

 四人の男たちは思い思いの酒へ手を伸ばした。



 二本目の缶ビールを飲み干すと、上林がソファから立ち上がった。

「そろそろ始めるとするか。用意しろ」

 三人は手に持っていた缶をテーブルへ置き、部屋の中へ散らばっていく。

 酒を飲んでいる男たちを黙ってにらみつけていためぐみの隣へ、上林がしゃがみ込んだ。

 左手で彼女のあごを持ち上げる。

「やめてよっ」

 自由の効かない体をよじって顔をそむけた。


 その間にもアキラが部屋の奥から運んできた三脚をワタルと克己へ手渡している。克己はそこにビデオカメラをセットした。ワタルがコードを延長ケーブルへ差し込むと三脚のうえでLEDライトが点灯した。めぐみを照らし出すように角度を調整している。


「何をする気なの」

「俺たちが楽しませてもらう。それだけだ」

 上林がめぐみの足へ手を伸ばした。胸の内ポケットから大振りの飛び出しナイフを取り出して、ガムテープを切っていく。そのままデニムのボタンに手をかけ、ファスナーを下ろす。

「ちょっとやめて!」

 ばたつかせた足を克己とワタルが両側から押さえつけた。上林は彼女のデニムを一気に引き下ろす。淡い紫のレースで飾られた下着があらわになった。

「回せ」

 三脚に据えられたビデオカメラにアキラが近寄った。小さな赤いランプがつく。

「待って。パスワードなら教えるわ。Ayu1116meguよ」

「そうか、手間が省けた。ありがとな」

 薄い笑みを浮かべた上林はナイフでめぐみの胸の谷間のセーターを切り裂いた。

「もう教えたじゃ――」

 彼女の言葉は頬を打つ乾いた音で途切れた。

 後ろ手に縛られたまま顔を上げた彼女の眼が上林をとらえる。その瞳からは勝気な光が消えかかっていた。


「あんまりギャーギャー騒ぐようならAAAトリプルエーでも使ってみましょうよ。あれは大人しくさせるだけじゃなくって中毒性も強いらしいから、こいつも俺たちで好きなように使える女になりますよ」

 克己はニヤつきながら、太ももをあらわにしたまま足先に転がるめぐみを見下ろす。

 ワタルが克己に顔を向けた。

「なんだかこの辺りでも新しいヤクとして出回り始めてるらしいな。お前、持ってるのか」

「おまえら、あのヤクがどこから出てるのか知ってんだろうな」

 低く、ゆっくりとした静かな声で上林が二人を止めた。

 察した克己の顔に緊張が走る。

「いえ……」

「あれは龍麒団りゅうきだんさばいているってぇ話だ」

「マジっすか」

「おまえら、あれに手を出してみろ。組長オヤジからボコボコにされちまうだけじゃすまねぇかもしれないぞ」

「はい、わかりました。すんませんっ」

 克己が姿勢を正し、腰を折った。


「それにな、女はイキの良い方が楽しいじゃねぇか」

 上林の左手がめぐみを縛っているロープをつかむ。逃げようとする彼女を力任せに引き寄せた。

「レイプ物はいまでも人気があるんだよ。おまえもすぐに有名女優になれるぞ」

 セーターの切れ目に右手をかける。

 力任せに引き裂いた。

「いやっ」

 下着からこぼれそうに盛り上がった、めぐみの白い乳房があらわになった。

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