師の思い(青年)

卯月:………ええ、大間違いですよ、零。


限前:………!う、卯月さん………?(口調が、怒気をはらんでる…!そもそもどうして卯月さんが、ここに……?)


卯月:言葉を真似するだけでは、本質を理解したとは言いません。貴方が準えた私の言葉に秘めた意味…よく、お聞きなさい。


何故私は、あの時に二択を選ばせたと思いますか?私、何と言いましたか?


限前:(………額面通りに読めば、正規の治療を受けるか、免許を持たない卯月さんに頼るか……だったはず。


何か、忘れているのか………?)


出来れば私ではなく、正規の医者にかかりなさい……?


卯月:確かに言いました。が、そこじゃありません。


限前:(………違うのか…)あ、具合が悪いまま患者を見放すつもりは……


卯月:違います。もっと本質の、大事なことを見落としています!


限前:もっと大事なこと、ですか?


卯月:……………自らの判断力を過信して、1人で抱え込むな。例え現職の医者でさえ…自己診断や治療はしません。


自分自身の事になると、主観が入り客観的な判断を下せなくなってしまうからです。そして過信は…いずれ致命的な、大事な症状すら見逃してしまうものです。油断、または慣れとも言いますがね。


零、貴方は1人で抱え込み…他者に頼る選択を自ら塞いでしまった。もしこれが重症の患者を相手にしていたら?


自分の手に負える範疇を越えているかも知れないのに、貴方は……。最悪の場合、その患者を死なせてしまうかも知れないんですよ。


だから私は言いましたよね、医者としての自覚を持ち、示しなさいと……


医者は1人では無力です。たくさんのスタッフや看護士、その協力があって初めて診断、治療を行えるのです。


どうかその事を、肝に銘じなさい。


限前:………ごめん、なさい。俺、俺は………っ…!


卯月:容態が安定したら、私の所においでなさい。話の続きはそこでしましょうか。キモナシさんには話を通してますから………ね?


限前:は……はい…。


卯月:では、私はこれで失礼します。……お大事に。


(3日後、限前は久しぶりに卯月の部屋を訪れた。まだ体調が万全とは言えないものの、居ても立ってもいられなかったのだ)


限前:(………もう、半年も経ったのか。俺は………結局何をしていたんだろう。こんなはずじゃ…)


お邪魔します、卯月さん………。



(部屋に入った瞬間、卯月は限前に抱きついてきた。心なしか、卯月の身体が震えているように感じる。


……だが、声をかけるのは躊躇われた。この体勢は……容態を確かめようとしている。)


卯月:ふむ……?まだ本調子とは言えないようですね。焦る必要など無かったと言うのに。


それとも…もう大丈夫だと判断したんですか?


限前:………いえ。正直、立ってるのもやっとです。どうしても"話の続き"が気になってしまって…


卯月:まあ、良いでしょう。貴方の事ですから…なんとなく、そうなるとは思ってましたよ。


この半年、時々キモナシさんには貴方の様子を伺っていました。なのに…こんなに容態を悪化させてしまうまで、気付く事が出来なかった。悔しかったです。


主治医であるはずの自分が…患者である貴方を、結果として追い詰めてしまった……!


(卯月は限前の胸元に顔を埋める。溢れる涙を見せまいとしているが…)


限前:卯月…さん………?

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