希死念慮(青年)

日向:つかぬことを伺いますけど…貴方に"希死念慮"はありますか?


限前:……ありました。ずいぶん前ですけど。


日向:それは…医者になってから、ですか?


限前:……いいえ、もっと前です。俺が空腹を感じないと言ったこと、覚えてますよね。


日向:はい。確かに…


限前:そうなってから時を同じくして俺は………両親にも知られぬよう、自殺を図りました。


日向:なっ…………!?ご両親が、どうして知らないんですか…?


限前:タイミングを見計らってしましたから。父は海外出張で不在でしたし、母も……


(冷たい笑みを浮かべている)


日向:では……今もご両親はご存じないと?


限前:はい。未遂に終わって…俺は、その時の主治医に頼みました。


"どうか…親には伏せてくれませんか?"


……と。もちろん全て事情を説明して、定期的な経過観察も受ける条件で……


日向:信じられない………。どうしてその方はそこまで協力してくれたんですか?


限前:母は……いわゆる"毒親"…だったんです。事情を聞いた主治医は……俺の事を母に報告すれば状況が悪化すると判断したので。


日向:ならそもそも自殺を図らなければ………いえ、これは失言ですね。すみません。


限前:日向さんの言葉はもっともです。ただ、当時の俺は………まだ抗えると思ってましたから。


日向:……抗う?一体何に…


限前:……………自らの行動で、母の考えを改めさせようと思ってたんです。結局逆効果だと言われて諦めましたけど…


俺の存在なんか………あの二人にとっては、便利な手駒だとしか思ってないんですよ。


だから俺はもう…抗うのを止めました。疲れたんです。なまじ自分の意思を持つから辛いんだ、ならば人形として流される方が…よっぽど楽だった。


日向:そんな……事って。ならこの前の無茶な生活習慣も、それに起因していると……?


限前:いいえ。前も言いましたけど…食事を忘れるのは希死念慮のせいではありません。


例えるなら呼吸のようなものでしょうか。呼吸をしていることは普段、全く意識しないから忘れていますよね?


でも存在を忘れても止まることはない。生命維持活動の一環ですからね。俺にとっては食事も…呼吸くらい忘れてしまうほど実感が湧かないんです。空腹も満腹もない。味も感じない………


正直忘れるなという方が難しいんです。


日向:分かりました。納得は致しかねますが……希死念慮から来るものでないのなら。話を変えましょう。どうして貴方は医者になろうと思ったんですか?


限前:これは父の指図です。ですが…少々興味がありました。


自らが願った死とは対極の…生を司る存在。その観点から死を見つめるのも面白いかもしれないと、思いました。


日向:死ぬために……医者を志した、と?


限前:……違います。自らに与えられた状況に抗う事はもうしないと決めたんです。例えば自殺を図る、とか。


そうではなく……"人間はなぜ、死を恐れるのか?抗いようが無い時の流れに逆らおうとするのか…?"


少なくとも自分の中には存在しない考えです。暇潰しがてら………いつか理解の手掛かりでも掴めれば、少しは報われると思ったんです。


人格を保つための、ささやかな我が儘です。不純ですね、自分のためでしかない身勝手な動機………


日向:そんな事ありません。誰だって…自分を守ることが一番大事なんです。


誰かの道具にされて、人格すら消えてしまうなんて……あってはならないんです!


零君、どうか………ご自身を卑下しないでください。貴方が悪だと言うのなら、その状況に追い込んだ全ても…悪だと断ざれるべきです!


それに、どんな動機があろうと……貴方は医者として、多くの方の命を救っている。


話を伺う限り、本意では無いのでしょうが……それだけでも貴方を責める人はいない。


いえ、責める権利なんか……誰にも無いのですから。

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