続ける理由(中年)
限前:……(歳をとって、回りの状況が一変したが、一度壊れた俺の身体は治っていねぇ。
未だに食事に関わる分野と、痛覚は以前のままだ。今じゃ俺が医者を続ける理由の1つになっている。
一度大きな精神的ダメージを受けた事によって、完全に機能を失った感覚を甦らせることは、可能なのか?
親が逝って、俺の身体は……俺の物になった。事情を知らない奴からすれば、何を言っているのか、意味が分からないだろう…
以前の俺は………親にとって都合のいい人形だった。その影響で、幼い頃から食事は作業にしか感じず、すぐに味覚を失った。空腹も満腹も感じなかった訳で。
食事の時の記憶すらマトモに覚えていないほど希薄なものだった。それ故にしばしば食事をとる事も疎かにしてしまう程だ。
今、親という柵からは解かれたが…その症状は一切変化してねぇ。
ただ………1つ気付いた事があった。食事の時、記憶がないという件についてだが…
誰かと話をしながらだと、"食事"としてではなく"会話"として記憶に残ることが判明した。
きっかけはたまたま、日向に食堂へ誘われた事だった。あんまりにも俺が食いっぱぐれてるのを見かねて…だろうな。
相変わらず味はしねぇ。が、流れ作業としか思えなかった食事を…あっという間に済ませられたんだよな。
それ以降、ちょくちょく日向と食事を共にするようになった。
輸液を常に入れるようにしているから、別に食いっぱぐれても身体に大きな影響はないが、リハビリと治験を兼ねて続けている。
最初は奇異の目で見られることが多々あったらしい。その頃は一人で食事をしていたときだったが……
輸液を入れながら食事をとる奴なんざそう居ねぇからな。妙な噂が流れてたと日向が言ってたっけ……
………はっ。下らなすぎて内容なんざ忘れちまったが。
無論手段を選ばなければ思い出すことは容易だ。自分自身に"フルダイブ"すればいい。
………だが、それは試そうとして日向に静止された事があった。分かりきっている事だが…
"記憶を失う"のは……自己防衛反応の1つだ。それを無理やり思い出すことは、ある意味自殺行為に等しいからな。
内容によっては、精神に壊滅的なダメージを与えることもあるらしい。
昔、とある精神科医の問診中に患者が"壊れてしまった"事があるんだと。
原因は至って単純だ。失った記憶について、執拗に問い質した結果…
失った記憶が見事に甦り、その記憶の重さに堪えきれず………その患者は"人格崩壊"に陥ったそうだ。
そしてその患者は二度と元に戻らなかったらしい。
俺も心を扱う精神科医として、その事実は深く胸に刻んでいる。だから接合前の雑談や…接合中の問診も、丁寧かつ慎重にするようになった。
同じ痛みを味わった者として…患者にそれ以上、負担を強いてはならないのだから。)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。