せめて、人間らしくありたい(中年)

限前:すまない、遅刻して。端末の時計が狂ってたらしい……


(申し訳なさそうな表情で頭をかく限前。)


日向:ふむ。ならばその腕時計も狂っているのですか?


限前:……あ、ああ。こいつに関しては、狂ってるというよりも…


(横のネジを回すと時計の文字盤を開く)


………機械は、とっくに抜いてたんだよ。


日向:……こ、これは?"カプセル"……ですよね、どう見ても。


何かの薬、ですか?


限前:……………これはな、青酸だ。


日向:せ、青酸……!まさか、自殺用の…!?


限前:……落ち着け、日向。(当然、その結論になるよな…)


日向:これが落ち着いて居られますか!?零、今すぐその物騒な代物を渡しなさい!


(零は懐から水筒を取り出すと、カプセルの1つを水の中に放り込んだ)


限前:……よく見ろ。このカプセルそのものは、溶けない素材だ。仮に誤飲してもそのまま排出される。


日向:なら、何故こんな劇薬を持ち歩いているのです!?カプセルそのものが溶けずとも、中身を取り出せば容易に死に至りますよね!


(零は遠くを見るような目をしている。どこか哀しそうなその表情は、死を乞い願う者のそれではなかった)


限前:……死は、明日への希望なり。


元を質せば、希死念慮に囚われていたあの時に、話は遡るが………


"30年前"の事だ。俺が自殺未遂を謀った頃…俺には自由が無かった。


親の言いなりで、自分の意思を持つことも赦されなかった……自我を失いかけて、ふと思ったんだよ。


あ………死にてぇ。ってな。


そん時の俺にとっちゃ、青天の霹靂と言おうか。久しぶりに"自分の意思"を持ったんだよ。生きる自由がないのなら、せめて自らの死は自由なタイミングで。


………んで、たまたま親父の部屋からくすねたのが、これだった。


知ってる通り、俺は今も生きている。もう使う気もない。だけどな、忘れないために持ち歩いている。あの時感じた自分の意思を……


"いつでも逝ける"……それを心の支えに、耐えたあの月日を。


皮肉なことに死が、俺の生きる力になっていた。御守りだったんだよ。………どんな形であれ、親に抗い葛藤した形見を手元に残しておこうと決めた。


人間らしくありたいと乞い願った自分を……大事にしたい。


ただ………それだけだ。


(話終えると零は、開いた文字盤を静かに閉めた。)


それに、親がとっくに逝ってるんだ。今更自殺する理由すらねぇよ。

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