第8話 母親との対峙

「今日の夕飯何にしようか? 」

「……うん」

「ハンバーグにするか? 」

「……うん」

「それとも、食べに行っちゃう?」

「……うん」


 上の空……とも違う、浮わついているというより、どっぷり沈み込んでいるような。

 オレは少し悪戯心を出す。というか、笑って欲しかった。


「クサヤ食べる? 」

「……うん」

「臭豆腐食べる? 」

「……うん」

「ドリアン食べる? 」

「……うん」

「ホンオフェ食べる? 」

「……ホンオフェって何? 」


 何だ、聞いてたのか。

 適当に返事してるのかと思って、結構自棄になって臭いもの思い出してたのに。


「韓国だったかな。エイ……のなんかだよ。……多分。テレビで見たかな、この間」

「ああ、あれね。うん。あたしもそれ見たかも」


 フワリと固かった空気がほどけたような気がした。笑みはなかったが、身体の力が抜けたような、穏やかな空気に変わった。


「……で、マジで何にしようか?」

「ハンバーグ」

「ああ、いいよ。目玉焼きのせようか」


 未来はうなずくと、とりあえず玉ねぎをかごに入れた。付け合わせの野菜などをかごに入れ、最後に合挽き肉をとろうとして、手を引っ込めた。


「どうした? 」

「お肉は違うとこで買う」

「えっ? 」


 遠いスーパーで安売りでもしてたかな?


 未来は100均に寄りたいと、スーパーの2階を少しプラプラしたが、特に買い物をすることもなく店を出た。


「なあ、肉買って早く帰ろうぜ。せっかく早く夕飯食べれるんだから」

「うん……」


 未来は大きく息を吐くと、商店街をずんずん歩いた。

 肉屋の前で足を止める。


「……おい」

「合挽きください。300g」

「はい!いらっしゃ……あんた」


 カウンターの中には、割烹着を着た綺麗めな女性が立っており、未来をマジマジと見たと思ったら、プイと顔を背けた。


「……300ね」


 黙々と合挽き肉をとり、秤にのせる。

 未来は、それから目を離すことはなかった。


 肉屋の……って、あれだよな?

 言われてみれば、未来に顔は似ている。涼しげな二重や、ツンと細く鼻筋の通った鼻、ふっくらとわ小さな唇。

 40過ぎなんだろうが、オレとタメって言われてもうなずけそうだ。


 何でも未来がいきなり母親のとこりきたのか?


 そこで、未来の親に連絡すると言っていて、ついつい後回しにしていたことに気がついた。


「あの……、未来の母親ですよね? すみません、挨拶にこようと思って……」

「あたしは何も話すことはないから! 」

「はい? 」


 母親は未来と似た顔で、未来がすることがないような陰湿な表情を浮かべる。


「何よ? 今さら未来を引き取れとか無理言いにきたんじゃないの?! 冗談じゃないわ! うちには未来の居場所なんかないわよ。だいたい、いつも早織ちゃんとあんたを比べられて、あたしは肩身が狭いのよ。あんたができがいいとか、これっぽっちも嬉しくないんだから」

「はあ? 」

「あんたも、早織ちゃんと張り合うようなこと止めてよ」


 早織って誰だ?


 未来を見ると、ただ無表情に母親を見ているだけだった。そして、やはり感情のない声で言った。


「嫌がらせは止めさせて」

「嫌がらせって何よ?! 」

「早織が、友達の親にあたしと弦さんのことを変な風に広めてる」

「何よそれ? 」

「だから、若い男と同棲してるみたいなこと。もしそれが原因で、弦さんといられなくなったら、あたしは未成年だから、あなたに扶養の責任がでてくるけどいいの?」

「な……」

「あたしはあなたなんかに面倒みて欲しくないし、今の生活を続けたい。……弦さんには迷惑かもしれないけど」


 話しがあまり見えないが、先生が言っていた噂ってのの出所が、早織って子で、この母親の娘?


 そこで気がついた。


 格好が違うから気がつかなかったが、この女性にはさっき会った。学校で、三者面談の時だ。

 正確には、三者面談の後、オレ等の後に待っていた父兄だ。


「あの、半田弦です。半田繁の孫で、未来の後継者になりました。ちょっと確認なんですが、未来を引き取るつもりはないんですね?」

「これっぽっちもないわ。第一、あたしはこの子とは姓も代わったし、繋がりはもうないから」


血の繋がりはあるだろうし、自分の腹を痛めて生んだ子どもじゃないのか?!


叫びたくなるのをグッと堪え、オレは拳を握った。


「……ならけっこうです。未来、行こう。そのお肉、いくらですか? 」

「630円よ」


 オレは財布から千円を出して置いた。お釣りをもらうのももどかしく、肉を受けとると肉屋を後にする。

 気分はムカムカし、怒り過ぎて早足になってしまっていた。


「ゆ……弦さん」


 小走りでついてくる未来が、息を切らしてオレの袖を引いた。


「悪い……。」

「ううん……。急にごめん」

「いや、オレも未来の両親には連絡しなきゃだったし、保護者になれたことを報告できたから良かった」

「あれはね、宇宙人なの。母親じゃないから」


 その気持ちはわからなくない。

 あんなんが母親とか、さすがにありえない。


「早織って誰? 」

「同級生。あの肉屋の娘」


 ……って?


「宇宙人が再婚した相手の娘。ほら、うちの中学、一クラスしかないから」


 確か、手塚肉店だから、手塚と東宮……出席番号も近いな。

 これで、数クラスあれば絶対同じクラスにはならないんだろうが。


「……うまいハンバーグ作ろうな」

「あたしも手伝う。」


 未来はスルリとオレの腕に手を回す。


 なんだろうな、口にだすとえらく恥ずかしいけど、なんていうか触れた腕が暖かい。

 異性とかそういうんじゃなくて、自分が必要とされてる気がする。


 まさかな、自分がこんなに短期間にマイホームパパみたいになるとは予想しなかった。

 何不自由しない一人の生活。自分の時間は自分だけのために使って、誰の顔色を伺うことのない悠々自適な生活。


 だと思っていた。


 それが、誰かと一緒にご飯を食べて、いってらっしゃいやお帰りなさいを言ってもらえるってことで、こんなに満たされるなんて知らなかった。


 それに、最近は女子社員とも親しく話すようになった。弁当を持っていくようになり、この数日で彼女らのオレに対するフレンドリーさが増したからで、彼女らに受け入れられると、仕事の効率も格段にアップし、業績も上がる。時短にも繋がる。


 未来と生活するようになってから、仕事でも私生活でも良いことずくめな気がした。




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